Vol. 62(2012), No.12
今月の特集は「サービスとしてのゲーム」です。この概念自体,それほど広く知られたものではないと思います。ゲームの存在は,日常の業務やビジネスの中で意識する方は少ないと思いますが,個人の楽しみとして親しんでいる方も多くおられると思います。本特集では,ゲームと言っても囲碁や将棋のような歴史ある伝統的ゲームから,コンピュータゲーム,ビデオゲーム,そして,オンラインやウェブによるソーシャルゲームまで,その対象を幅広くとらえ,ゲームが持つ楽しさ,娯楽性,奥深さとそこに潜む工夫に目を向けてみました。
とりわけ,コンピュータゲーム,ビデオゲームは1980年代以降,市場として発展を遂げ,一般向けビデオゲーム市場は全世界で数兆円規模と言われるまでになり,さらに,ここ数年,ウェブやソーシャルネットワークサービス(SNS)を通じたソーシャルゲームが非常に盛んとなり,オンライン系のゲーム市場もPC・モバイルとも数千億円規模まで発展しています。特に近年では,ゲーミフィケーション(ゲーム化)と呼ばれる手法の提案もあいまって,ゲームを通じて,一般的な社会活動・業務のサービス改善やモチベーション向上を図ったりする試みが注目を浴びています。
本特集では,このような状況を踏まえ,ゲームをサービスとして活用するための工夫を行っている事例を中心として,さまざまな角度からの論考を集めました。
特集の構成は以下の通りです。まずはじめに,藤本徹氏から「サービスとしてのゲーム」という今回のテーマ全体の総論として,ゲームの背景や諸要素を踏まえてゲームの社会的利用が持つ意義と課題について解説していただきます。続いて,3件の事例報告です。三津石智巳氏ほかによる,レファレンス協同データベースの内容をゲームとしてアレンジしたレファレンススキル向上を目指すゲーム開発の事例を紹介します。さらに,山川宏氏・市瀬龍太郎氏から,若手研究者のキャリア形成のための人生ゲームコンテンツの開発の事例を報告いただきます。松隈浩之氏ほかからは,病院との共同研究によるプロジェクトとして取り組まれているリハビリ用ゲームの事例を報告いただきます。最後に,飯田弘之氏からはゲーム研究者の立場からゲームが持つ面白さはどのような要素により成り立っているか,最新の研究動向を紹介いただきます。
本特集が,ゲームが持つさまざまな要素に触れ,そこから,読者の皆様の周りの身近なサービスにおける新たな取り組みを考える際のヒントとなれば幸いです。
(会誌編集担当委員:高久雅生(主査),小山信弥,權田真幸,中村美里)
藤本 徹*
*ふじもと とおる 東京大学大学院情報学環
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
Tel. 03-5841-2663(原稿受領 2012.10.27)
本稿では,「サービスとしてのゲーム」を一つの切り口として,ゲームの要素や枠組み,そしてその社会的利用における考え方を論した。ゲームの社会的利用に関連する概念を検討し,「サービスとしてのゲーム」の観点から,ゲーム産業におけるゲームのサービス化や情報サービス産業におけるサービスのゲーム化といった異なる角度から考察した。その上で,情報サービスにおいてゲームの要素を取り入れるアプローチを3つのレベルに整理して,それぞれの特徴について図書館におけるサービス開発の文脈で例示しながら,今後このような取り組みに向かう際に考慮すべき課題を検討した。
キーワード: ゲームベースドラーニング,シリアスゲーム,ゲームと教育,学習ゲーム,ゲーミフィケーション
三津石 智巳*1,外崎 みゆき*2,河村 俊太郎*3,中塚 寛幸*4,愛宕 翔太*5,岡本 真*6,清田 陽司*7
*1みついし ともみ
筑波大学 大学院図書館情報メディア研究科
〒305-8550 つくば市春日1-2筑波大学 図書館情報メディア研究科
Tel. 029-859-1306
*2とざき みゆき,*3かわむら しゅんたろう,*4なかつか ひろゆき,*5あたご しょうた,*6おかもと まこと,*7きよた ようじ
(原稿受領 2012.10.12)
Ref.Masterとは,国立国会図書館が提供するレファレンス協同データベースを活用して開発された,レファレンススキル向上のためのツールである。ゲーム感覚で遊びながらレファレンススキルを学習することができる。また一方で,Ref.Masterは人が遊んだ副産物として,計算機では困難な処理がなされるゲーム「GWAP(Game with a Purpose)」のアプローチを利用することで,レファレンス協同データベースに登録されているデータの品質向上に貢献することも企図している。
本稿では,利用者のモチベーションを保ち継続的に学習を続けてもらうためのゲームと,新たなデータ生成という別の目的を持つゲームであるという2つの側面をもつRef.Masterの開発背景や機能のほか,運用から得られた知見についても述べる。
キーワード: レファレンス協同データベース, GWAP,クラウドソーシング,情報技術,開発合宿,図書館,学問領域,実用領域
山川 宏*1, 市瀬 龍太郎*2
*1やまかわ ひろし 研究人生を楽しむ会
*2いちせ りゅうたろう 国立情報学研究所
〒212-0054 神奈川県川崎市幸区小倉1-10-3-303 グランドゥール新川崎
Tel. 090-7231-6977(原稿受領 2012.9.18)
21世紀にはいりIT分野の研究者が専門能力の強みのみでキャリア形成をすることは難しくなってきた。我々はこうした背景から,主に若手研究者らの自律的なキャリア形成を支援しうる教材としてHappy Academic Life 2006 (HAL2006)というボードゲームを開発し,人工知能学会の20周年記念事業の一環として2006年に全会員に配布し,さらに電子版としてD-HAL2006を開発/公開した。電子版ではプレイログを利用したリフレクションにより自らの経験を大局的に客観視できるため,プレイ中に得られた教訓を各人の多様な将来像に転移しやすい。さらにD-HAL2006におけるプレイヤを学習エージェントとしてモデル化し,知的教授システムと融合した教育支援型ゲーミングシステムの研究も進めている。
キーワード: キャリアデザイン,研究者のキャリア,シリアスゲーム,D-HAL2006,教育支援型ゲーミングシステム,リフレクション,知的教育システム,人工知能学会
松隈 浩之*1, 東 浩子*2, 梶原 治朗*2, 服部 文忠*2
*1まつぐま ひろゆき 九州大学大学院 芸術工学研究院
*2ひがし ひろこ,*2かじわら じろう,*2はっとり ふみただ
特定医療法人順和長尾病院
〒815-8540 福岡市南区塩原4-9-1
Tel. 092-553-4432(原稿受領 2012.9.21)
九州大学では現在,ゲーム産業の拡大および人材育成を目的とし,シリアスゲームプロジェクトを推進している。2010年から2年間にわたり,厳しいリハビリ訓練をゲームの力で楽しくしようというコンセプトで,長尾病院との共同研究にて,起立-着席訓練を支援するゲーム『樹立の森リハビリウム』の開発を行った。制作後,病院および介護老人保健施設にて,利用者を対象にゲームの有用性および安全性についての検証をおこない,それぞれで高い評価を得ている。超高齢化社会の到来を目前に控え,社会において高齢者に対するケア,および関連産業のニーズが高まる中で,現場へ導入する際の具体的な留意点やリハビリ用ゲームの意義について述べる。
キーワード: シリアスゲーム,ゲーミフィケーション,リハビリテーション,ヘルスケア,超高齢社会,デジタルコンテンツ,デザイン
飯田 弘之*
*いいだ ひろゆき 北陸先端科学技術大学院大学 情報科学研究科
〒923-1292 石川県能美市旭台1-1
Tel. 0761-51-1290 (原稿受領 2012.10.15)
本稿では,ゲームの三つの側面(競技性・遊戯性・知的相互作用)に注目し,「ゲーム=知層」の観点からゲーム研究の流れについて概観する。競技性を重視したミニマックス戦略から相手モデル探索への移行,遊戯性の主要因の一つであるスリル感に基づくゲーム洗練度の理論,そして,ゲーム場における知的相互作用として試合中の情報の流れをモデル化するゲーム情報力学を紹介する。ゲームにおける人間とコンピュータの知能の相違に焦点をあてながら,投了に現れる知性の豊かさ,相手モデルにみる人間の知性の賢さ,ゲームのルール変遷に現れるスリル感の変遷,そして,ゲーム情報力学のアプローチによるゲーム場における知的な相互作用の解析例を示す。
キーワード: 三名人モデル,人工知能,ミニマックス型ゲーム木探索,相手モデル探索,ゲーム洗練度の理論,ゲーム情報力学