Vol. 62(2012), No.6
この数年は,Googleブック検索訴訟の和解問題,Amazon KindleやApple iPadの普及,発売などを契機に電子ブックに注目が集まり,特に2010年は「電子書籍元年」とよばれ,電子ブックの話題に事欠かない状況でした。その「電子書籍元年」から2年が経過しました。
実際,電子ブックの販売サイトは増え,電子ブックを読むことができる端末も普及していますが,「本を電子で読むこと」が一般に定着したとは言い難い状況かと思います。その一方で,電子ブックが一過性のブームとして終わったようでもなく,現在も出版社や様々な組織が電子ブックに対する取り組みを試行している状況かと思います。
このような現状を踏まえ,「元年」の盛り上がりが一旦落ち着き,今後の展開が改めて検討されている今,多面的な課題を持つ電子ブックについて,出版流通面に焦点を絞った特集を企画しました。
京都大学の佐藤卓己先生には,本特集の総論として,書物を一つのメディアとして捉え,その変容および比較メディア論からみた場合の「書物のデジタル化」が持つ意味,課題等を幅広く論じていただきました。
株式会社文化通信社の星野渉氏からは,日本の出版産業の現状や日本特有の出版構造等を分析いただき,それを踏まえた上での,今後の電子ブック普及のための課題,展望について論じていただきました。
同じ出版産業から創出される図書であっても,学術書は学術情報流通という循環の中にあるものと言えます。そのため大学等における教育・研究活動,大学図書館等との係わりがあり,このような要素を持つ学術書のデジタル化について,財団法人東京大学出版会の橋元博樹氏に論じていただきました。
日本における電子ブックの市場規模は,実は非常に大きなもので,その大部分を占めるのはケータイコミック/ケータイ小説と言われています。ではなぜ,ケータイコミック/ケータイ小説は普及したのか,今後の展開はどういう方向なのか。日本の電子ブックを語る上で欠かせないこの点を,株式会社hon.jpの落合早苗氏に論じていただきました。
そして大日本印刷株式会社の吉岡康明氏には,電子ブックの制作,流通過程を中心に,現在の電子ブックビジネスが抱える課題や,今後の電子ブックの展開等について広く論じていただきました。
今回の各論考でも言及されているように,電子ブックは2010年に突然現れたものではなく,また単なるブームで終わるものでもないようです。今回の特集が,電子ブックという,古くて新しい,熱さと冷静さを必要とする議論の一助となりましたら幸いです。
(会誌編集担当委員:中村美里(主査),小山信弥,權田真幸,齊藤泰雄,野田英明)
佐藤 卓己*
*さとう たくみ 京都大学大学院教育学研究科
〒606-8501 京都市左京区吉田本町
Tel. 075-753-7531(原稿受領 2012.3.23)
デジタル・テクストとして物理的存在を欠いた電子ブックの普及は,「書物」の再定義をせまっている。しかし,電子ブック登場以前から,書物はすでに大きな変容を遂げてきている。本稿では比較メディア論の視点から,書物の変容を1920年代のラジオ放送開始,1930年代のペーパーバック革命において検討した。それは「書物のラジオ化/雑誌化」,すなわち「書物の広告媒体(メディア)化」の系譜である。こうした「書物のメディア化」の最終段階として,広告料収入で運営されるメディア企業,Googleによるライブラリープロジェクトが登場する。ウェブ2.0時代のコミュニケーション状況において「書物のデジタル化」がもたらす問題点を整理した上で,電子ブックを既存の書物のリテラシーに接合する必要性を指摘した。
キーワード: ポスト活字,ラジオ文明,出版革命,書物の雑誌化,書物のメディア化,Googleブックス
星野 渉*
*ほしの わたる 文化通信社 取締役編集長
〒113-0034 東京都文京区湯島2-4-3 ソフィアお茶の水3階
Tel. 03-3390-5844(原稿受領 2012.4.17)
日本の出版産業は,書籍と雑誌の両方を扱い,物流から商流までを担う取次システムがインフラとして機能することで,戦後一貫して成長してきたが,出版物の内容が電子的に流通することが,この構造に大きな変化をもたらす可能性が強い。産業構造の変化と,出版物の電子化による影響を考察する。
キーワード: 出版産業,電子書籍,書籍,雑誌,取次システム
橋元 博樹*
*はしもと ひろき (財)東京大学出版会
〒113-8654 東京都文京区本郷7-3-1
Tel. 03-3811-8814 (原稿受領 2012.4.3)
学術情報流通においては,英文のジャーナルと比較して和書モノグラフは依然としてデジタル化が進んでいない。近年,たしかにいくつかの商用サービスはスタートした。また,「電子書籍元年」と呼ばれた2010年には,さまざまな議論が沸き起こり新たな技術も紹介された。だが,学術書にかんして言えば,いまだ有効なビジネスモデルが見出されているとはいえない。学術書の電子化について何が課題となっているか,また成功の条件はなにか。
研究者や大学図書館からは望まれつつも,なかなか離陸しない日本の学術書の電子化について,主にその流通の側面から考える。
キーワード: 大学出版,大学図書館,学術書,流通,学術出版,モノグラフ,電子書籍
落合 早苗*
*おちあい さなえ 株式会社hon.jp
〒101-0003 東京都千代田区一ツ橋2-6-12 上村ビル
Tel. 050-5539-0230 (原稿受領 2012.3.22)
本稿では,ケータイコミック/ケータイ小説を軸に,そもそも電子書籍とはなにか,にアプローチする。
電子書籍市場を牽引したケータイコミック市場や,世界的にも話題を呼んだケータイ小説に対する国内評価は高くない。その要因を分析し,また日米の市場を比較しながら,「新たなプラットフォーム」に向けてのヒントを探る。
キーワード: ケータイ,電子書籍,ケータイコミック,ケータイ小説,ガラパゴス,情報,コミュニケーション,リテラシー,オラリティ
吉岡 康明*
*よしおか やすあき 大日本印刷(株)電子出版ソリューション本部Dプロジェクト
〒162-0062 東京都新宿区市谷加賀町1-1-1
Tel. 050-3753-5681(原稿受領 2012.3.23)
電子出版はいつでもどこでも本が入手でき読める環境を提供できる,出版市場拡大の切り札として,また読者層の拡大,新たな価値の創造や日本文化の継承などの観点でも大きな期待をされている。日本でも立ち上がった電子出版であるが,本当の意味での電子出版世界の実現には,まだまだ多くの課題が制作,流通面で存在し,電子出版の特徴とその可能性を活かしきれていないのが現状である。技術面では,ハードウェアとソフトウェアの両面からの解決が不可欠であり,ビジネス面では,多くの関連ビジネスの可能性を追求するとともに,電子出版そのものの価値を高めるだけでなく,印刷出版とのハイブリッドでより多くの価値を生み出すことが重要である。。
キーワード: 電子,印刷,出版,ブック,市場,制作,流通,技術,ビジネス,文化
小林 万喜男*
*こばやし まきお 第一三共
〒140-8710 東京都品川区広町1-2-58
Tel.03-6679-6145(原稿受領 2012.3.22)
今回はタイ特許庁Webサイト(http://www.ipthailand.go.th/ipthailand/index.php?lang=en)でのオンライン特許検索システムについて簡単に紹介する。このサイトは項目が英語で表示されるので,全くの非英語圏のサイトに比べ,その使用は楽である。ただし,表示されるAbstract,Claimはタイ語であり,コピーできないので機械翻訳が利用できない。非常に簡単な法的状況Last statusは幸いにもコピーできるが,審査・審判経過情報,分割,権利譲渡情報などは当サイトからは得られない。
キーワード: タイ特許,ウェブサイト,オンライン特許検索,法的状況,特許統計データ,アニュアルレポート