「情報の科学と技術」 抄録

Vol. 61 (2011), No.10

特集=「文献複写サービスの過去・現在・未来」

特集 : 「文献複写サービスの過去・現在・未来」の編集にあたって

 今月の特集では「文献複写サービス」について取り上げます。
 近年,図書館間相互貸借(ILL)などでの文献複写の件数が減少傾向にありますが,その原因は電子ジャーナルの普及,オープンアクセスの動きによるものとも言われています。
 紙媒体から電子媒体へと資料形態が変化していく中で,「文献複写サービス」も転換期にきていると言えるかもしれません。そこで「文献複写サービス」の過去・現在・未来について特集してみてはどうかと企画いたしました。
 小山憲司氏には,本特集の総論として,主に国内の文献複写サービスについて,過去から現在までの流れ,文献複写を取り巻く環境の変化についての多角的な考察および今後の課題などについて論じていただきました。
 伊藤倫子氏には,米国におけるILLの過去・現在・未来について詳細に論じていただきました。日本での状況と共通する点,異なる点など私たちにも示唆となる点も多いのではないでしょうか。
 小島恵美子氏,小川晋平氏からは,文献複写の依頼館側からの視点,受付館側からの視点で一機関の立場から文献複写サービスについて論じていただきました。それぞれご所属の日本医師会医学図書館と大阪大学附属図書館生命科学図書館は,NACSIS-ILLの文献複写における年間最多の依頼機関と受付機関であることでも知られています。依頼館側,受付館側それぞれの「文献複写サービス」に対する思いが読み取れる内容となっています。
 松下茂氏には,電子媒体によるドキュメントデリバリーサービスe-DDSの可能性について論じていただきました。企業向けのドキュメントデリバリーサービスの動向を知る上でも大いに参考になるのではないでしょうか。
 それぞれの執筆者の皆様には「文献複写サービス」について本当に思いを込めてご執筆いただけたと思います。この場を借りて御礼申し上げます。
「文献複写サービス」は今後どのように変わって行くのでしょうか。本特集の中でも,今後の課題,希望について述べられていますので,是非ご一読いただければと思います。「文献複写サービス」の意義について考え,その先にあるものについて少しでも想いを馳せていただければ編集を担当した者としてうれしく思っています。
(会誌編集担当委員:齋藤泰雄(主査),野田英明,中村美里,松下豊)

「連載:たまに使う各国特許庁Webサイトの紹介」の連載にあたって

 リーマンショックを契機として,欧米市場の成長は停滞し必然的に各企業は成長する市場を求めて新興国へと目を向けざるを得ない状況となってきた。こうなると当然のことながらこれら新興国に対する特許出願件数も増加し,また特許情報を調査する機会も増えてきている。
 ところでこれら新興国を調査する際には,商用のデータベースではなかなか思った結果が得られずにダメモトで各国の特許庁のWebサイトを使用された経験をお持ちの方もおられるかと思う。各国特許庁のWebサイトの使い方に関しては,日欧米中韓の所謂5極(IP5)については,個別のセミナーや書籍が販売されていることもあり,情報量は豊富である。
 一方それ以外のアジアやBRICs等については,まとまった手引きもなく試行錯誤的に各自がトライしてみる必要があった。
 そこで,今回は下記に挙げる頻繁には調査しないが,利用機会のある特許庁Webサイトを取上げ,アクセスできるのか,言語はなにか,どのような情報があるのか(あるいは全くないのか)といった情報を簡単にまとめることにした。また非英語圏のWebサイトでも何とかアクセスが可能なように図を多用して手順を述べるようにした。
 会員にとって,各国特許庁Webサイトで得られる情報を把握し,業務で使える情報があるかどうかの一次判断に役立つものと考える。文末に掲載予定を記したが,更なる対象国を検討中であることを付け加えておく。
掲載号と対象国(予定)
10月号(今号):台湾。11月号:ブラジル。12月号:トルコ。2012年1月号:シンガポール。2月号:ロシア。3月号:マレーシア。4月号:イスラエル。5月号:エジプト。6月号:タイ。7月号:サウジアラビア。8月号:オーストラリア。9月号:インドネシア。
(連載編集担当:パテントドキュメンテーション委員会)

文献複写サービスの現状と課題:
国内の文献複写サービスを中心に

小山 憲司
こやま けんじ 日本大学文理学部教育学科
〒156-8550 東京都世田谷区桜上水3-25-40
Tel. 03-5317-9273(原稿受領 2011.7.25)

 図書館間相互貸借(ILL)の概念モデルを用いて,国内の文献複写の現状を検討し,今後の課題について考察した。その結果,大学では文献需要が高まっているが,ビッグ・ディール契約に基づく電子ジャーナルの導入や機関リポジトリによる一次資料の電子化など,文献利用の可能性の向上により,ILLへの依存度が縮小した。一方,企業では文献需要自体が収縮したために,文献複写が減少したことが示唆された。学術雑誌の電子化が学術情報へのアクセス環境を改善した一方で,その恩恵を享受できない機関,利用者がいることから,国内全体で安定的な文献供給体制モデルを早急に確立する必要がある。

キーワード: 文献複写,図書館間相互貸借,ILL,ドキュメント・デリバリー・サービス,DDS,電子ジャーナル,ビッグ・ディール,オープン・アクセス,機関リポジトリ,資源共有

米国大学図書館におけるILL活動の発達と現状

伊藤 倫子
いとう みちこ University of Kansas Libraries
East Asian Library, University of Kansas Libraries, 1425 Jayhawk Blvd. Lawrence, KS USA 66045-7544
Tel. (785)864-4669(原稿受領 2011.7.19)

 図書購入予算が減少を続ける現在,米国図書館はインターライブラリー・ローン(ILL)を利用し図書館間のリソース・シェアリングを効果的に行うことで対応している。世界的な減少傾向に反し,米国のILL活動は以前活発であるが,その要因として,図書館がITを積極的に活用し,図書館のサービスやマネジメント技術の向上を図ってきた点が指摘できる。一方で,新しいサービスの導入や電子リソースの急激な増加に伴い,図書館は新たな問題に直面している。本稿は,米国におけるILL活動について概観し,ILLサービスの変化,発展,あるいは課題について述べる。

キーワード: インターライブラリー・ローン,文献デリバリー,大学図書館-米国,著作権法,フェア・ユース

日本医師会医学図書館のILL:
依頼館からの視点

小島 恵美子
こじま えみこ 日本医師会医学図書館
〒113-8621 東京都文京区本駒込2-28-16
Tel. 03-3942-6492(原稿受領 2011.7.22)

 日本医師会医学図書館は,国立情報学研究所の相互利用システム(NACSIS-ILL)における図書館間相互貸借(ILL)複写依頼の最多利用館の1つである。2007年度から2010年度のILL複写依頼を集計した結果,利用者におけるインターネットの普及が影響を与えていることが示されていた。オープン・アクセスの文献などインターネット上の文献利用が要因と考えられる複写件数の減少が認められる一方で,電子化,オープン・アクセス化されていない文献の申し込みが増加傾向にあった。利用者自身による入手が困難な文献情報を,複写サービスやILL複写依頼のなかで発見して提供することが,今後は重要になると考える。

キーワード: 図書館間相互貸借,ILL,NACSIS-ILL,ILL複写依頼,文献複写サービス

電子ジャーナル時代のILL
- 大阪大学附属図書館生命科学図書館の事例から -

小川 晋平
おがわ しんぺい 大阪大学附属図書館吹田地区図書館サービス課
〒565-0871 吹田市山田丘2-3
Tel. 06-6879-2401(原稿受領 2011.7.28)

 電子ジャーナル時代におけるILLについて,大阪大学附属図書館生命科学図書館のこれまでのILL受付件数の推移から今後の課題を述べる。最初にこの20余年間の受付件数の増減の経緯と特長を示す。さらには,今後の電子ジャーナル購読規模縮減があった後,冊子体のない図書館でのILLによる効率的な文献情報提供には,電子媒体での新たな文献情報提供システムと文献情報と文献所在情報が統合的に検索可能なシステムの開発と運用が必要なことを述べる。

キーワード: ILL,電子ジャーナル,シリアルズ・クライシス,セーフティ・ネット,文献提供システム

ドキュメントデリバリーサービスの可能性 - e-DDSに未来はあるか? -

松下 茂
まつした しげる (株)サンメディア
〒164-0012 東京都中野区本町3-10-3
Tel. 03-3299-1575 (原稿受領 2011.8.1)

 国内における企業向けのドキュメントデリバリーの件数は,近年大きく減少している。その理由は,米国サブプライムローン破綻に端を発したグローバルな金融危機とリセッションの影響による研究施設の予算削減が大きい。また企業における電子ジャーナルの利用もドキュメントデリバリーサービスに影響を与えている。一方,グローバルなドキュメントデリバリーサービスはインターネットを通じて文献を提供するe-DDS(electronic Document Delivery Service)へと変化してきているが,ドキュメントデリバリーサービスの市場を拡大していない。むしろプレイヤーの寡占化が進み,市場に参入する新たなプレイヤーは見られない。e-DDSは,出版者が提供するPay Per Viewサービスと競合しており苦戦を強いられている。長期的に見れば,論文単位での流通はe-Articleの流通として拡大していくと予想されるが,その流通の担い手は,利用者の要望をよく理解して柔軟に対応することが可能で,Pay Per Viewやe-DDSをも統合した単一のプラットフォームによるサービスを実現できるプレイヤーに主権が移っていくであろう。

キーワード: ドキュメントデリバリーサービス,e-DDS,ドキュメントサプライヤー,電子ジャーナル,Pay Per View,e-Article,システムプラットフォーム

連載:たまに使う各国特許庁Webサイトの紹介(1)
たまに使う各国特許庁Webサイトの紹介:台湾編

金子 敏幸
かねこ としゆき 日本技術貿易(株)
〒105-0003 東京都港区西新橋1-7-3
Tel. 03-6203-9259(原稿受領 2011.7.22)

 商用データベース,Espacenetなどを利用することにより,多くの国の情報が得られるようになっている。しかし,収録期間が充分でなかったり,得られる情報が少ないなどで各国の特許庁からより多くの情報を得たいことがある。その際に,どのようにすれば特許庁のWebサイトから欲しい情報を得られるかについて台湾特許局を例に紹介する。台湾特許局の検索システムは日米欧のそれに引けをとらない充実したシステムで,言葉の壁がなければ他では得られない多くの情報を得ることができるのでぜひ活用したい。

キーワード: 台湾特許,キーワード調査,ステータス調査,中国語検索,特許公報,英中辞書
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