「情報の科学と技術」 抄録

Vol. 61 (2011), No.6

特集=「図書館にできること:周辺との連携を中心に」

特集 : 「図書館にできること:周辺との連携を中心に」の編集にあたって

 時代は変われども,「情報を収集・整理・保存して利用に供する」という図書館が果たすべき根本的役割に大きな変化はないと思われます。しかしながら,具体的に求められる役割は,そのときの社会の状況や情勢に応じて,常に流動的です。つまり,図書館は図書館だけで存立しているわけではなく,図書館の役割は社会とその成員との関連の中に位置づけられており,社会の変化と要請に応じて変動するものであると考えられます。一方,昨今の図書館と図書館を取り巻く社会の成員との連携について見てみると,MLA連携のような古くから言われている連携が再び注目されているほか,新たな連携の可能性を模索する動きも出てきています。
 そこで本特集では,こうした連携に注目して図書館について考えることにより,社会の一員としての図書館を浮き彫りにし,その可能性を探ることを目的として,図書館とその周辺との連携について,現状や事例,今後の展望についてご紹介いただくことにしました。とくに,図書館の周辺に軸足を置いてご活躍の方に,その分野と図書館との関係や連携についてご紹介いただくとともに,それぞれのお立場から見た図書館に対する要望や思いをご執筆いただくことで,現代日本の図書館の姿を照らし出すことを意図しました。
 水谷長志氏には,本特集の総論として,MLA連携の系譜を交えながら,図書館との連携の在り方について,展望していただきました。稲木美由紀氏には,先駆的事例として,ビジネス支援サービスを展開している神奈川県立川崎図書館の知的財産分野における様々な機関との連携をご紹介いただきました。桑山亜也氏には,矯正施設における読書支援拡充と環境整備に関して,その現状と課題,図書館との協働を模索する動きについてご紹介いただきました。岡野裕行氏には,文学館の歴史や「図書館としての文学館」,今後のさらなる連携と他分野への広がりへの期待について述べていただきました。長神風二氏らには,サイエンスコミュニケーションと図書館のあり方について,その共通点とそれぞれの専門性を活かした連携をご提案いただきました。
 本特集の原稿の執筆時期は東日本大震災発生の前後にあたり,今回の被災経験を交えて執筆された方もおられます。とくに長神氏の緊迫した報告内容には緊急時あるいはそれに備えた図書館のあり方や周辺との連携について多くの示唆が含まれています。
 図書館の連携のあり方は館により千差万別ですが,今回の特集が皆様の図書館運営の一助となれば幸いです。
(会誌編集担当委員:權田真幸(主査),野田英明,白石啓,立石亜紀子)

MLA連携のフィロソフィー −"連続と侵犯"という

水谷 長志
みずたに たけし 独立行政法人国立美術館/東京国立近代美術館
〒102-8322 東京都千代田区北の丸公園3-1
Tel. 03-3214-2606(原稿受領 2011.3.23)

 ミュージアム,ライブラリ,アーカイブという蓄積・検索型の情報サービスを提供する機関のトータルなイメージには,「差異を孕みつつ連続するもの」がある。近年,多くの場面で語られるMLA連携においても,その同質性において「連続」し,かつMLAの個々が固有に持つ伝統的な所作の差異を背景として他者へ「侵犯」することによって個々の成長が企図される。その時現れる緊張感が,MLA連携が意味を持つ可能性を開いていくと考えられる。このMLAの間で進行する「連続と侵犯」は,MLA連携のフィロソフィーにとってその原理の一面であると考える。

キーワード: MLA連携,博物館,美術館,図書館,文書館,アート・ドキュメンテーション,アート・ドキュメンテーション学会,〈内なる〉トライアングル,〈外なる〉トライアングル

神奈川県立川崎図書館のビジネス支援サービス:
 知的財産権分野における連携を中心に

稲木 美由紀
いなぎ みゆき 神奈川県立川崎図書館 事業部 産業情報課
〒210-0011 神奈川県川崎市川崎区富士見2-1-4
Tel. 044-233-4537 (原稿受領 2011.03.22)

 神奈川県立川崎図書館は「科学と産業の情報ライブラリー」という愛称を持ち,理工学関係の専門書,専門誌を多く所蔵している公共図書館として知られている。当館は1958年の開館以来,特許公報等を利用者に提供し続けているが,現在では知的財産権分野に関しては,文献提供のみならず,セミナーや相談事業を行う等の独自のビジネス支援サービスを展開している。公共図書館がそのようなサービスを利用者に提供し続けるには,他機関との連携が欠かせない。そのサービスの歴史や国の知財に関する施策との関係に触れつつ,どのような機関と連携して,どのようなサービスを行っているのかを具体的に紹介する。

キーワード: 神奈川県立川崎図書館,公立図書館,科学と産業,特許,ビジネス支援,知的財産権,知的所有権センター,特許流通促進事業

矯正施設における読書支援拡充と環境整備に向けて

桑山 亜也
くわやま あや 龍谷大学矯正・保護総合センター(嘱託研究員),矯正と図書館サービス連絡会(運営委員)
(原稿受領 2010.03.22)

 刑務所・少年院といった矯正施設に収容された人の読書支援の拡充やその環境整備のためには,次の3つの視点がある。すなわち,@矯正施設に収容された人も,一般社会に生活するわれわれ市民と同様に日本国憲法上の自由が保障され,また同様のニーズがあり,それを充たす権利を有すること,他方で,Aその自由や権利に対しては,矯正施設に収容されているということそれ自体,または,定められた矯正処遇や教育を受けなければならないこと等によって制限があること,そして,B収容された人には,一般社会に生活する人とは異なる読書のニーズがあること,である。本稿では,特に刑務所に焦点を当て,これら3つの視点を総合的に考慮することの必要を説く。

キーワード: 刑務所,受刑者,刑務所図書館,矯正図書館,刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律

図書館と文学館の連携

岡野 裕行
おかの ひろゆき 皇學館大学
〒516-8555 三重県伊勢市神田久志本町1704番地
Tel. 0596-22-6385(原稿受領 2011.3.23)

 文学館と呼ばれる施設は,文学を対象とした専門図書館として機能している。また,文学館は博物館や文書館としての特徴も兼ね備えている。図書館と文学館との連携には,施設の規模による違いが見られる。連携を考える場合には,それぞれの施設の形態のみに注目するのではなく,収集対象としている資料の主題分野のほか,それに関係する個人や団体にも関心を払うことが求められる。

キーワード: 図書館,文学館,博物館,文書館,文学資料

サイエンスコミュニケーションと図書館,そして大震災

長神 風二, 池城 かおり
ながみ ふうじ,いけしろ かおり
東北大学脳科学グローバルCOE,宮古島市立平良図書館ボランティア
〒980-8575 宮城県仙台市青葉区星陵町2-1
Tel. 022-717-7908(原稿受領 2011.4.13)

 科学研究を,その進展の過程から社会と共有することを目指すサイエンスコミュニケーションと,知の蓄積と流通を担う図書館の活動との間には,共通点も多い。本稿では,まず,図書館やサイエンスコミュニケーションについて考えてきた筆者が,2011年3月11日の東日本大震災を直接的に経験することで得た知見を体験談として記す。非常時に,生命と直結する情報をどう扱っていくかは,双方の専門家にとって重い課題である。図書館とサイエンスコミュニケーションの相互の専門性を協創的に用いることで,学術的な研究成果の発表システムの刷新など,新規の学術の可能性を拓く可能性があることを示唆する。

キーワード: サイエンスコミュニケーション,図書館,大震災,双方向性,学術情報
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