Vol. 61 (2011), No.1
(社)情報科学技術協会
会長 小野寺 夏生
明けましておめでとうございます。
2011年のスタートにあたり,一言ご挨拶を申し上げます。
相変わらず経済界の見通しは明るくありませんが,その中で知恵を絞り,存在価値を示すことが情報プロフェッショナルに求められると言えます。当協会も,諸活動を通してそのお手伝いに取り組む所存ですので,ご支援ご協力をお願いいたします。
公益法人制度改革に対する当協会の取り組みについては,調査検討が進んでおりますので,本年の総会には移行案をお示ししたいと考えております。会誌「情報の科学と技術」の編集と刊行,情報検索能力試験の実施,科学技術振興機構との共催による情報プロフェッショナルシンポジウムの開催,各種研修会・講習会の実施等の事業を,それぞれの委員会と会員諸氏のご協力を得て進めて参ります。SIG,OUGの各研究会はそれぞれ活溌に活動されていますが,協会の活動との連携を一層強化するための方策を図っているところです。
昨年の活動を振り返りますと,特許を中心とする知的財産情報に会員の皆様の関心が集まりました。一昨年新たに立ち上げたパテントドキュメンテーション委員会と研修委員会の協力により,昨年6回にわたって「特許調査に必要な知識シリーズ」を実施したところ,非常に好評で毎回多くの参加をいただきました。 11月の第7回情報プロフェッショナルシンポジウム(INFOPRO2010)では,一般発表25件中10件が特許情報に関するものであり,トーク&トーク「激論! これからの知財インフォプロ」も注目を集めました。困難な経済情勢下での企業の技術戦略重視の傾向が反映していると考えられます。この状況は本年も続くと思われますので,引き続き知的財産関連の企画・活動の充実に努めます。
もちろん,これ以外のテーマについても同様です。個人的印象ですが,会員の皆様,特に企業の情報担当の方のお話を聞きますと,電子ジャーナルの購入やアクセス,必要な記事の入手に対して問題を感じている方が多いようです。このような面で当協会がお役に立てることは何か,検討したいと思っております。別の面では,研修会・講習会はどうしても東京,大阪での開催になりがちですが,それ以外の地域の方々に対してよい方法がないか,考えているところです。
その他にも,本誌の特集記事や研修会・講習会等では幅広いテーマを取り上げておりますので,皆様のご意見・ご要望を積極的にお出しいただけると幸いです。
皆様の本年のご活躍を念じつつ,年頭のご挨拶といたします。
人間は情報探索行動を中心に日常生活を過ごしています。情報探索は人間行動自体に密着しているために,探索行動における意味や価値判断を精確に把握しているとは限りません。特にインターネット上の情報が,広告媒体あるいはPR手法として従来の方法を凌駕した結果,情報の信頼性や情報取得の結果に大きな格差を産み出している現実もあります。また,情報探索過程で情報収集と判断基準を提供する分析ツールや手法も,情報探索者の行動と判断に大きな影響を及ぼしています。
本号では,伝統的な情報探索行動を含め,インターネットでの情報探索における変容と特性を論じていただきます。探索者が判断基準とする<信頼性>を認知から行動への基準,情報評価行動と意思決定に至る知としての信念形成にさいする総合的な研究動向の展望を試みました。
大島裕明氏他には,Web情報の信憑性に対して情報技術の役割を人間行動における信憑性・信頼性を踏まえ,技術の精緻化を目的とした議論をいただきました。
橋元良明氏による10カ国比較調査を踏まえ,社会心理的な側面を浮き彫りにし,インターネット利用に地域性や民族性の格差が報告されました。
寺井仁氏は,人の世界での探索行動をデジタル手法で解析され,その行動分析等を紹介されました。
榊原真奈美氏と野添篤毅氏には,医学研究における信頼性を利益相反のテーマで議論いただきました。
坂口貴弘氏には,歴史学の基本問題であるアーカイブズの信頼性を具体的に紹介いただき,デジタル・アーカイヴズの課題にも言及いただきました。
いずれの論考も巻首を飾るに相応しく仕上がり,読者諸賢のご期待にそえましたら,幸いです。
(会誌編集担当委員:松林正己(主査),白石啓,権田真幸,高久雅生)
大島 裕明,山本 祐輔,山家 雄介,高橋 良平,ヤトフト アダム,中村 聡史,田中 克己*
*おおしま ひろあき,やまもと ゆうすけ,やんべ ゆうすけ,たかはし りょうへい,やとふと あだむ,なかむら さとし,たなか かつみ
京都大学大学院情報学研究科社会情報学専攻
〒606-8501 京都府京都市左京区吉田本町
Tel. 075-753-5385(原稿受領 2010.10.28)
Web情報には多様な情報が存在しており,本当に信じてよいのかどうかは慎重に検討しなくてはならない。特に,Web 2.0コンテンツは,これまでの本や新聞などのメディアよりも,情報の品質が低い可能性があるため,信憑性の検証が必要であると考えられる。本稿では,そのようなWeb情報の信憑性という課題に対して,情報技術がどのような役割を果たせるかということについて議論する。まず,情報の信憑性という概念について整理を行う。また,現在,Web情報の信憑性に関連して行われている研究について紹介する。さらに,われわれが行っているWeb情報の信憑性検証技術に関する研究の紹介を行う。
キーワード: 信憑性,品質,信頼性,専門度,信頼,専門度,Web情報,Web 2.0コンテンツ
橋元 良明*
*はしもと よしあき 東京大学大学院情報学環
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
Tel. 03-5841-5937(原稿受領 2010.10.22)
インターネット利用をめぐる信頼と不安といった場合,インターネットの情報内容やメディアイメージをめぐる信頼・不安と,インターネット利用に際し,トラブルや被害に巻き込まれる不安が考えられる。筆者が中心となって実施してきた『日本人の情報行動』調査からは,インターネットの情報内容に対する信頼度は,この10年で着実に漸増してきているものの,まだまだ新聞やテレビに及ばないことが明らかになっている。また,ネット利用の際の不安に関し,筆者らが実施した10カ国比較調査によれば,日本人は概して,被害経験が少ないにもかかわらず他の国と比較しても不安度が高い。その背景に,トラブルや事故をめぐる報道への高い接触率があげられる。しかし,報道への接触と不安との関連は,すべての国で共通のものではない。
キーワード: インターネット,不安,信頼,国際比較調査,報道への接触
寺井 仁*
*てらい ひとし 名古屋大学大学院情報科学研究科/JST CREST
〒464-0814 愛知県名古屋市千種区不老町
Tel. 052-789-4748 (原稿受領 2010.11.15)
Webに代表される電子的情報源と書籍に代表される物理的情報源からなるハイブリッドな情報環境は,現在の情報社会において日常的なものとなっている。著者らは,日常的な情報探索行動の解明のために,ハイブリッドな情報空間の一例として大学図書館を取り上げ,そこでの情報探索行動を実験的に捉えてきた。実験では,大学生を対象に実験課題としてレポート課題を実施し,視線計測等による情報探索中の行動を含むデータを網羅的に収集してきた。本論文では,大学生の問題解決に伴う情報探索行動を対象にした実験における,実験手法と分析のための方法論およびその結果について紹介する。
キーワード: 情報探索,問題解決,眼球運動測定,ハイブリッド図書館,Web,OPAC
榊原 真奈美*1, 野添 篤毅*2
*1さかきばら まなみ 愛知淑徳大学情報教育センター
*2のぞえ あつたけ 愛知淑徳大学名誉教授
〒480-1197 愛知県愛知郡長久手町長湫片平9
Tel. 0561-62-4111(内線2852)(原稿受領 2010.10.22)
1990年以降,医学分野では診療レベルにおいて科学的根拠に基づく医療(Evidence-based Medicine:EBM)が普及し,その考え方はEvidence-based Librarianship(EBL)/Evidence-based Library and Information Practice(EBLIP)として図書館情報学分野にも取り入れられた。本論文では,EBL/EBLIPにおける情報学的研究の例として,国内外の医学研究における利益相反(Conflict of interest:COI)調査を取り上げて概観する。医学研究分野において,COIは研究の公正さや透明性,ひいては医療消費者の生命や健康に関わる重大な問題となっている。海外では医学研究とCOIとの関連性を実証的に検証した研究が数多く行われており,これらを整理,展望すると共に,COI研究の問題点と今後の課題を考察する。
キーワード: EBL,EBLIP,利益相反,利益相反開示,利益相反規律,医学研究,エビデンス
坂口 貴弘*
*さかぐち たかひろ 学習院大学大学院人文科学研究科
〒171-8588 東京都豊島区目白1-5-1
(原稿受領 2010.10.22)
実証的な歴史研究等の材料となる文書・記録の信頼性について考察すべく,偽造されたヒトラーの日記,ライブドアの堀江貴文元社長が送ったとされたメール,沖縄返還時の密約文書に関する調査を事例として取り上げる。次に,文書の真偽鑑定から出発した古文書学が分析対象とするポイントとその成立過程を概観する。一方でアーカイブズ学は,同時代の視点と管理者の視点という独自のアプローチから,記録の信頼性という課題に取り組んできた点を指摘する。電子(化)記録の登場を契機にこれらの伝統的手法が再評価されつつあることに言及し,その信頼性確保のための手法として,電子署名,タイプスタンプ,光ディスクの評価,電子化作業の記録を紹介する。
キーワード: ヒトラー日記,堀江メール,沖縄密約文書,古文書学,アーカイブズ学,ISO 15489,電子署名,タイムスタンプ,光ディスク
綾木 健一郎*1, 片岡 敏光*2, 赤間 淳一*3, 安彦 元*4
*1あやき けんいちろう 磯野国際特許商標事務所
〒102-0093 東京都千代田区平河町二丁目7番4号 砂防会館 別館内
*2かたおか としみつ 潟pットブレーン
*3あかま じゅんいち デジタル・インフォメーション・テクノロジー
*4あびこ げん ミノル国際特許事務所
(原稿受領 2010.10.15)
安彦らは,特許発明の技術的範囲と理論上最も相関の高い定量的指標として格成分数を提案している。この格成分数の理論的根拠となる格文法は,チャールズ・フィルモアという言語学者により提唱された文法理論であって,単文が,実体を表す深層格(対象・場所・道具・始点・終点・時間等)とこれらと結びついた一つの動詞からなるものとして文を分析する理論である。本研究は,ソフトウエアを使用して特許請求の範囲の格成分数を自動抽出する方法を提案するとともに,かかるソフトウエアによる格成分数の自動抽出精度を実際のサンプル分析を通じて統計的に検証することを目的とする。
キーワード: 請求項(クレーム),格成分,自動抽出,特許価値評価,可視化