「情報の科学と技術」 抄録

Vol. 60 (2010), No.10

特集=「図書館員のメンタルヘルス」

特集 : 「図書館員のメンタルヘルス」の編集にあたって

 今日,メンタルヘルスは社会的に問題となっていることもあり,テレビや雑誌などで頻繁に特集されています。また職場においても,研修や講習会のテーマとして取り上げられることが多くなってきており,読者の皆様にとっても身近な問題となっていることと思います。こうした背景から,今回は図書館員のメンタルヘルスに焦点を絞って取り上げることを試みました。
 本特集を企画するにあたり,産業医のお立場でメンタルヘルスについて論じていただくことが不可欠であると考え,筑波大学大学院人間総合科学研究科産業精神医学・宇宙医学グループのご協力を得て,3つの専門的視野に立った論考をいただきました。加えて,2名の図書館情報学若手研究者の方にも,図書館員に特有の問題について,その特徴や対処方法をご解説いただきました。
 メンタルヘルスの問題はケースバイケースであり,定まった解決策があるわけではありません。しかしながら,いずれの論文も解決あるいは改善のヒントがたくさん詰まっており,職場以外でも応用できる内容となっています。また特集名に「図書館員の」と冠してはいますが,図書館以外でご活躍の方にも,大いに参考になるものと思います。
 本特集が皆様のメンタルヘルス改善に,少しでもお役に立てば幸いです。
(会誌編集担当委員:權田真幸委員(主査),小山信弥委員,齊藤泰雄委員,矢田俊文委員)

図書館員のメンタルヘルス概論

笹原 信一朗,松崎 一葉
ささはら しんいちろう,まつざき いちよう
筑波大学大学院人間総合科学研究科生命システム医学専攻
〒305-8575 つくば市天王台1-1-1
Tel. 029-853-6025(原稿受領 2010.7.20)

 研究・調査など,専門性の高い業務に従事する図書館員の労働は,高度知的労働と呼ばれる特殊なものであり,そのメンタルヘルス対策にあたっては,研究者の職業性ストレスの特徴を参考にする必要がある。われわれの筑波研究学園都市における一連の調査研究結果からは,仕事の量的負荷,質的負荷などといった職業性ストレス増強要因に対して,仕事の達成感,裁量権などといった職業性ストレス緩和要因が,仕事量を減らせない高度知的労働者には重要であり,その緩和要因に対しては,個人の認知様式が大きな影響を与えていることが示唆されてきた。したがって,図書館員のような高度知的労働者には,今後SOC(首尾一貫感覚)などの個人の認知様式に働きかけていくような対策が,求められると考えられた。

キーワード: 図書館員,メンタルヘルス,高い仕事要求度,報酬感,裁量権

図書館員のストレスマネジメント

大井 雄一,宇佐見 和哉
おおい ゆういち,うさみ かずや
筑波大学大学院 人間総合科学研究科
〒305-0006 茨城県つくば市天王台1-1-1
Tel. 029-853-6025(原稿受領 2010.7.29)

 現代のストレス社会のなか,労働者は様々なストレスに曝され,うつ病をはじめとした精神疾患のために休業を余儀なくされる労働者が増加し社会問題となっているが,図書館員にとってもそれは例外ではない。労働者において精神疾患の発症を予防するためには,ストレスというものの捉え方および対処の仕方について積極的に考え,マネジメントすることが必須となる。労働者のストレスを考える上では,職業上のストレスのみならず,職場外でのストレスや個人のストレス対処能力などさまざまな要素が関連している。これらに対してストレスモデルを用いながら,多角的な視野をもってストレスマネジメントを行うことが疾病予防につながっていく。

キーワード: メンタルヘルス,図書館,ストレス,うつ,職業性ストレスモデル,社会的再適応評価尺度,脆弱性ストレスモデル,首尾一貫感覚

図書館における職場復帰

商 真哲,梅田 忠敬
しょう なおあき,うめだ ただひろ
筑波大学大学院 人間総合科学研究科
〒305-0006 茨城県つくば市天王台1-1-1
Tel. 029-853-6025(原稿受領 2010.7.20)

 近年,労働者のメンタルヘルス状況の悪化に伴い,うつ病をはじめとする精神障害によって休職する労働者が増加しているが,これは図書館においても例外ではない。このようなメンタルヘルスの問題は,職場に様々な影響を与えているが,中でも精神障害によって職場を離れていた職員が復職する際には,本人の負担だけではなく,対応する周囲の負担も考慮する必要があるため,大変な困難を伴う。図書館で働く職員をとりまく問題点は様々あるが,他の職場と同様に,段階的な職場復帰や,ストレス要因を把握し,最小限にするような対策を1つずつ地道に行っていくことが,精神障害から復職してくる職員を支援するために重要となる。

キーワード: メンタルヘルス,図書館,ストレス,うつ,職場復帰

図書館における問題利用者:
コミュニケーション・スキルを用いた「怒り」への対処法

千 錫烈
せん すずれつ 山梨英和大学 人間文化学部
〒400-8555 甲府市横根町888
Tel. 055-223-6030(原稿受領 2010.7.26)

 本稿では問題利用者への対処法を示すことを目的とする。最初に図書館における問題利用者の定義や問題行動の種類について概観し,問題利用者の範囲は広く,状況によっては問題行動かどうかの判断が困難なことを指摘する。次に日本における問題利用者の実態調査のレビューを行い,現実問題として問題利用者の被害が深刻であり,図書館員の精神的負担となっていることを示す。最後に,問題利用者の対処法として,最も遭遇頻度が高いであろう「怒った利用者」に焦点を当て,傾聴法に代表されるコミュニケーション・スキルを用いた方法や,意見が対立した際の「優位」と「回避」を用いた対処法を紹介する。

キーワード: 図書館,問題利用者,問題行動,怒り,派生的感情,傾聴法,優位と回避

図書館業務と感情労働

池田 貴儀
いけだ きよし 独立行政法人日本原子力研究開発機構
〒319-1195 茨城県那珂郡東海村白方白根2-4
Tel. 029-282-6387(原稿受領 2010.7.29)

 感情労働とは,肉体労働,頭脳労働と並ぶ第三の労働のあり方であり,サービス業において重要な要素とされている。感情労働による感情のコントロール技術は,利用者をはじめ様々な人と接する図書館員にとって,種々の業務をこなしていく上で欠かせないスキルといえる。その一方で,感情をコントロールすることは,本来の感情と業務として求められる感情との間にズレを生じさせる。感情労働は人と接することで満足感や充足感を得る肯定的な面とともに,感情のズレによりストレスの増加やバーンアウトの誘発を招くという否定的な面を持ち合わせている。本稿では,この感情労働という視点に着目し,図書館業務との関わりについて紹介する。

キーワード: 感情労働,感情管理,感情ワーク,図書館員,大学図書館,図書館サービス,情報リテラシー教育,メンタルヘルス
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