Vol. 59 (2009), No.11
「歴史地理情報システム」と聞いてもなんのことやらピンとこない,という人も多いかもしれません。それならばカーナビゲーションやGoogle Earthを思い起こしてみてください。また,インターネット上で,目的地周辺の地図やそこに至るまでの道筋を確認したことがある人は多いのではないでしょうか。歴史地理情報システムと言われて何のことかわからなくても,デジタル化された地理情報がすでに日常の中にも多く見られ,また活用されていることがおわかりいただけると思います。
地理情報システム(Geographic Information System。以下ではGISと略します。)は,単に普段の生活において便利というだけではありません。歴史学や地理学の分野においては,研究を大いに発展させる可能性を秘めています。過去の地図と今の地図を自在に重ね合わせたり,3次元で表示したりできるようになることで,これまでできなかったような考察や分析が可能になります。そうした地理情報の歴史的な分析を可能にするのが,歴史地理情報システム(Historical GIS)です。理工系の研究分野を中心にe-researchという動きが進んでいく中,Historical GISについても今後ますますの進展が期待されるところです。
今号の特集では,GISをめぐる現状と図書館や情報センターの関連を述べる論稿を皮切りに,歴史・地理学分野におけるGISの活用,今夏に行われたシンポジウムを元に論じられたGISに関する研究の動向や課題,GISの重要な要素となる地図の電子化などの話題を取り上げました。個々の研究内容の紹介にとどまらない論稿を集めることができ,いずれも非常に密度の濃い読み応えのある論稿となっています。GISの持つ可能性や意義を広く理解していただく一助となる特集として,自信を持ってお届けしたいと思います。
(会誌編集担当委員:川瀬直人(主査),松林正己,小山信弥,鈴木努)
佐藤 義則*
*さとう よしのり 東北学院大学文学部
〒980-8511 仙台市青葉区土樋1-3-1
Tel. 022-721-3225 (原稿受領 2009.9.8)
GIS(Geographic Information System)は,地図インターフェイス上でのさまざまな情報の視覚化にとどまらず,分析と意思決定を支援するツールとして大きな発展を遂げた。近年では,時間軸を導入した歴史GIS(Historical GIS)の活用も進んでいる。本稿では,図書館や情報センターにおけるGISの活用,特に,古地図等の資料のデジタル化や時間空間データベースの活用および関連するツールの整備について,現状を整理することを目的とする。また,今後の整備においては,図書館・情報センターという枠組みを超えた幅広い協力が必要であることを示す。
キーワード: GIS,歴史GIS,デジタル地名辞書,図書館目録,e-リサーチ,古地図
渡部 展也*
*わたなべ のぶや 中部大学人文学部歴史地理学科
〒487-8501 愛知県春日井市松本町1200 中部大学人文学部
Tel. 0568-51-1111(原稿受領 2009.8.18)
近年では,インターネットを介した地理空間情報の相互運用体制が充実し,多種多様な地理空間情報が活用されるようになりつつある。一方でGISの機能も向上し,多様な地理空間情報をシームレスかつリアルに表現することが可能となってきた。このような現状を鑑みると,GISを用いた地理空間情報のブラウジングは,地域の重層的な観察を実現しつつあると考えられる。位置を仲立ちとするGISは両者の視点を地域として集約できることから,特に歴史・地理学分野においては両分野にまたがる複眼的な地域観の創出が期待できよう。本稿では地理情報技術の現状をふまえ,歴史・地理学分野のGIS教育における地理情報のブラウジングの位置付けと,今後の展望について述べる。
キーワード: 地理情報科学,GIS,WebGIS,地域,教育,標準化,地理学,歴史学,相互運用
グッド 長橋 広行*
*ぐっど ながはし ひろゆき ピッツバーグ大学東アジア図書館
207H Hilman Library, 3960 Forbes Avenue, Pittsburgh, PA15260, US
Tel.412-648-8187(原稿受領 2009.9.1)
本稿は,米国大学図書館が1990年代前半から提供し始めたGIS(Geographic Information Systems)サービスの動向と将来の展望を,過去のアンケート調査と著者の追跡調査,GIS教育との関わりを通して考察する。大規模大学図書館ではすでに90%の普及率に達しているが,今後利用者を増やしていくには,しっかりしたデータ・コレクション・プランが必要であると考えられる。また,中規模,小規模大学図書館はまだ20〜30%の普及率でこれからも伸びるであろうが,より充実したGISサービスを提供していくには,学科や学部との共同作業が望ましいと思われる。
キーワード: 地理情報システム GISサービス リモートセンシング 図書館 北米大学図書館 ピッツバーグ大学 アンケート調査 追跡調査
川口 洋*
*かわぐち ひろし 帝塚山大学経営情報学部
〒631-8501 奈良市帝塚山7-1-1
Tel. 0742-48-8306(原稿受領 2009.9.2)
人文地理学会・歴史地理研究部会と情報処理学会・人文科学とコンピュータ研究会は,デジタル地名辞書,時空間分析システム,古地図の蓄積・分析,歴史地理(人口),歴史地理(集落)の5セッションからなる「Historical GISの地平」シンポジウムを帝塚山大学で共催した。HGISが歴史地理学に必要な研究法として浸透するには,次の4点が最重要とみられる。@HGISを用いて,新たな地域像,民衆像,歴史像を提案する。AHGISを用いて,魅力ある研究成果を蓄積・公開・発信する。Bweb環境に対応する時空間分析が可能な4DGISアーキテクチャーを開発する。Cアドレス・マッチング機能を持つデジタル地名辞書を構築する。この4点について研究開発をすすめるには,研究分野の枠を超えた協業(コラボレーション)を図ることが求められる。
キーワード: Historical GIS,デジタル地名辞書,4DGIS,時空間情報,歴史地理学,人口学,集落,地域,景観,古地図,協業
平井 松午*
*ひらい しょうご 徳島大学(大学院ソシオ・アーツ・アンド・サイエンス研究部)
〒770-8502 徳島市南常三島町1-1 徳島大学総合科学部
Tel. 088-656-7159(原稿受領 2009.8.20)
徳島大学附属図書館は200点を超える古地図を所蔵しており,その中には伊能図や国絵図,実測分間絵図などの貴重な資料が含まれている。附属図書館では 1997年度より,こうした貴重資料の「保存」と「利用」を目的に高精細画像データを作成し,Web公開に努めてきた。他方,古地図高精細画像データの活用法として注目されているGIS分析については,古地図画像データをGISソフト上で位置補正する必要があるが,紙ベースでは困難な定量分析や航空写真・数値地図と重ね合わせての歴史景観分析などに有効である。さらに,歴史資料データベースと組み合わせることで,新たな時空間データベースの構築も期待される。
キーワード: 古地図,高精細画像データ,デジタルアーカイブ,GIS分析,位置補正(ジオリファレンス),徳島大学附属図書館
石松 久幸*
*いしまつ ひさゆき カリフォルニア大学バークリー校東アジア図書館
C. V. Starr East Asian Library, University of California, Berkeley CA 94720
(原稿受領 2009.8.25)
カリフォルニア大学バークリー校東アジア図書館で行なわれている日本の古地図のデジタル化プロジェクトは同図書館のサイトで一般公開されており,古地図に新たなパースペクティブを与えるものとして,いま世界的な注目を集めている。このサイトの画像は単なるイメージの表示に留まらず,同時に提供されているツールを用いてより有効に地図を活用できるよう配慮されている。またGoogle Earthと古地図との重ね合わせもプロジェクトの一部として進行中である。本稿ではそのプロジェクトの内容,使用しているソフトウエアの利用法,デジタル化を行なうことの意義,影響,そして新たに起きた問題点などについて説明する。
キーワード: カリフォルニア大学,バークリー,東アジア図書館,古地図,デジタル化,デジタル資料の著作権,グーグルアース