Vol. 59 (2009), No.9
サーチャーや図書館員にとって,「検索」といえば,従来はある程度統制された,抄録や索引のようなものから必要な情報を探し出すことでしたが,今やそれは,一般的には「探す」ということとほとんど同義的に使われるようになっています。それは,全文検索が一般化したことと大きな関係があると思われます。
この全文検索の広がりによって,企業においては,社内に存在する様々な資料を包括的に探すことができる「エンタープライズサーチ」に注目が寄せられるようになっており,導入も進んでいます。また,個人においても「デスクトップサーチ」という形で,ファイルの形式にかかわらず,パソコン内の全てのファイルを対象に,全文検索が可能となってきています。一方,われわれにとってなじみのあるインターネットの検索も,利用者にとって便利なように(ひいてはそれが消費行動に結びつくように),検索結果の見せ方や,関連情報の提示方法に様々な工夫が凝らされています。
このように,一口に「検索」といっても,従来われわれが考えてきた「検索」と,一般的に考えられている「検索」とは,言葉は同じでもイメージするものにだいぶ開きが出てきているように思われます。インフォプロを自称するわれわれは,少なくともこうした状況を把握し,理解しておかなければ,今後「検索」の世界からも取り残されてしまうのではないでしょうか。
そこで,今号ではこの「全文検索」や「エンタープライズサーチ」を取り上げ,「検索」というものの広がりを伺う一助となるための特集を企画しました。
(会誌編集担当委員:木下和彦(主査),吉田幸苗,權田真幸)
木下 和彦*
*きのした かずひこ 慶應義塾大学 湘南藤沢メディアセンター(「情報の科学と技術」元編集委員)
〒252-8520 神奈川県藤沢市遠藤5322
Tel.0466-49-3427(原稿受領 2009.6.24)
本稿では,企業で導入されている「エンタープライズサーチ」を取り上げ,その特徴からインフォプロの世界における「検索」との共通点と相違点を考えるための一助とする。第2章では,全文検索市場の市場規模や,過去1年間に行われたエンタープライズ関連フォーラムの状況から,エンタープライズサーチの現状を確認する。第3章から第5章では,エンタープライズサーチならびにこれに関連するサーチシステムである,コンシューマ向けインターネットサーチとデスクトップサーチを取り上げ,それぞれの特徴を概観する。第6章ではエンタープライズサーチの特徴について,さらに掘り下げて述べる。最後に第7章では,エンタープライズサーチと次世代OPACとの類似性を指摘し,われわれがエンタープライズサーチから学べる点があることについて触れる。
キーワード: エンタープライズサーチ,全文検索,検索,サーチ,サーチエンジン,次世代OPAC,ナレッジマネジメント
三原 茂*1,高場 麻理*2
*1みはら しげる(著者), *2たかば まり(編集)
ファストサーチ&トランスファ
〒100-0013 東京都千代田区霞ヶ関1丁目4番2号 大同生命霞ヶ関ビル4F
Tel. 03-5511-4343(原稿受領 2009.6.29)
読み書き同様,いまや一般的な行動様式の地位を獲得しつつある検索。その用途はインターネットサーチからEコマース,企業内検索まで多岐に亘り,求められる要件も本来様々である。一方,キーワードに依存した結果一覧を検索とするステレオタイプ視されている現実もある。エンタープライズサーチをインフォメーション・アクセスと位置付けるFASTは,従来のステレオタイプ検索から解放されることで,検索が本来の機能を発揮し,「人・物・情報」間をつなぐ基盤として幅広く応用されている多様な実例を紹介する。同時に,エンタープライズサーチが収益向上,業務効率の改善に貢献するためのポイントを解説する。
キーワード: エンタープライズサーチ,インフォメーション・アクセス,キーワード検索,インターネット検索,イントラネット検索,企業内検索,分類,ミドルウェア,ROI,リコメンデーション,パーソナライズ,パフォーマンス,運用性
高山 知朗*
*たかやま のりあき (株)オーシャンブリッジ 代表取締役社長
〒150-0002 東京都渋谷区渋谷1-8-3渋谷安田ビル9F
Tel.03-5464-2111 (原稿受領 2009.6.29)
昨今,企業における情報共有において,エンタープライズサーチ(企業内検索エンジン)の注目度が増している。しかし,企業内に散在する情報をエンタープライズサーチで検索できるようにするだけでは,実は情報共有は進展しない。企業内での情報共有を推進するためには,以下の2つの要素も求められる。
・フォルダ構造によるライブラリ
・ファイルビューワ
本稿では,インターネット環境と企業内環境の違いや,技術トレンドなどを踏まえ,エンタープライズサーチを真に活用するための考え方や,それを実現する技術を紹介する。また,企業における実践事例として,三井造船(株)のエンタープライズサーチ導入事例を紹介する。
キーワード: エンタープライズサーチ,サーチエンジン,検索エンジン,情報共有,ナレッジマネジメント,ビューワ,ファイルビューワ
Benjamin Douglas*
*ベンジャミン・ダグラス Basis Technology Corp (サンフランシスコ支社)
ベイシス・テクノロジー(株)
〒102-0084 東京都千代田区二番町9-6バウ・エプタ3F
Tel.03-3511-294(原稿受領 2009.6.16)
自然言語処理(NLP)技術がエンタープライズ・サーチの質に与える影響は少なくない。この技術は,単なるキーワード検索を越えた,より自然な検索を実現するため,言語検出,分かち書き,名詞句抽出などの言語学的な機能を提供する。ローエンドと見なされることがあるが,これらの技術を活用することにより,ランキングやファジー・マッチングなど高度な検索が可能になる。本記事は自然言語処理技術の紹介とエンタープライズ・サーチとの関係を説明する。最新の研究を紹介し,将来的なエンタープライズ・サーチへの影響を推測する。
キーワード: 自然言語処理,ランキング,形態素解析,統計モデル,固有表現抽出
入江 伸*
*いりえ しん 慶應義塾大学 メディアセンター本部
〒108-8345 東京都港区三田2-15-45
Tel. 03-5427-1648 (原稿受領 2009.7.9)
本格的な電子図書館設立へ向けてメタデータ,全文テキスト,全文画像を持った電子図書館モデルを開発し,10万冊の電子図書館を想定した検索実験を行った。検索エンジンは,eコマースで使われているエンジンを中心として選定し,これまでの図書館システムとは異なった新しい可能性を評価することを目的とした。これまでの図書館システムの検索は,目録データだけを対象としているため,全文検索には対応することができない。図書館のこれからのサービスへ向けて,Webテクノロジーと融合していくため,新しいサービスのためのテクノロジーを評価し,図書館システムへ活用していくことが必要である。ここでは,この実験の目的,モデル,経過,評価について報告したい。
キーワード: 電子図書館,全文検索,eコマース,検索エンジン,メタデータ
時実 象一*
*ときざね そういち 愛知大学文学部図書館情報学専攻
〒441-8522 愛知県豊橋市町畑町1-1
Tel.0532-47-4467(原稿受領 2009.7.7)
筆者は化学情報協会(当時化学情報協議会)のインターンとして1977年にCASに派遣され,CASの化学構造検索の初期の研究の手助けもおこなった。化学構造検索は1960年代にその原理が開発されていたが,CAS登録システムの実用化とともに1970年代に入って各方面で研究開発が進められた。 CASONLINEは1980年の12月に公開されたが,当初はスクリーン検索のみで,構造を作図しての検索は1981年末にようやく可能となった。構造検索ができる端末機としてはHP2647という高価な機種が選ばれたが,まもなくTektronix4010(PLOT-10)対応の簡易端末機が使われるようになり,次にPCでこの機能をエミュレートするソフトウェアが開発されるようになって普及した。通信には当初ICAS(後にVENUS-P)を使っていたが,1984年には東京と大阪に国際専用線を引き,利用者に開放した。この専用線を使ってオフライン・プリントの印刷もおこなった。 CASONLINEは当初化学物質ファイルだけだったが,1983年に文献書誌と抄録のCAファイルが追加され化学物質ファイルはREGISTRYと名づけられた。1984年からは両ファイルともSTNの一部となり,今日に至っている。
キーワード: CAS,CASONLINE,STN International,化学構造検索,化学構造作図,CAS化学物質登録システム,Registry,CA,PLOT-10,国際専用線
連載特別編集委員 時実 象一*
*ときざね そういち 愛知大学文学部図書館情報学専攻
〒441-8522 愛知県豊橋市町畑町1-1
Tel.0532-47-4467(原稿受領 2009.7.16)