情報の科学と技術
Vol. 54 (2004), No.1
特集=モバイル
特集「モバイル」の編集にあたって
デジタルコンテンツへのアクセスは,特定の場所や時間から,いつでもどこでも簡単に,というユビキタスネットワーク時代へとシフトしつつある。この動きは,図書館や情報センターを利用するユーザーにも広がりをみせ,所内や図書館内など決められた場所,決められた時間内でのアクセスから,遠隔地や出張先からのアクセスへと,リモートアクセスに対するニーズが高まっている。
しかしながらユビキタスネットワーク社会とは,リモートアクセスなどモバイル通信によるアクセスが主体である。リモートアクセスによってコンテンツサービスを享受するためには,実に様々な課題や問題を乗り越えていかなくてはならないことも忘れてはいけない。
本特集では,リモートアクセスを取り巻く環境の変化や安定かつ安全な利用環境の構築,運用,情報セキュリティマネジメントなどを概観し,その主体技術であるVPN,SSL,無線LANなどの動向についてふれた。
また,よりセキュアで信頼性の高いシステム構築を実現するためのネットワーク技術や欧米図書館で実際に構築されている無線LANによる情報サービスについても紹介した。
次に現状のモバイル通信の限界についても考察し,次世代ネットワークのあり方や問題点を整理し,さらには実際の「ユビキタス図書館」構築事例を通じ,より安全に,より安定に,より快適にコンテンツを利用してもらう方法論を紹介している。
本特集が次世代図書館のあり方を模索する上で,参考となれば幸いである。
(会誌編集委員会特集担当委員:北島由紀子・市村香織・上村順一・荘司雅之)
モバイル通信による情報サービス
―ユビキタスネットワーク社会におけるリモートアクセスの多様化―
倉橋英逸*
*くらはし えいいち 関西大学文学部
〒564-8680 大阪府吹田市山手町3-3-35
Tel. 06-6368-1121(原稿受領 2003.10.21)
ユビキタスネットワーク社会においてはモバイル通信が重要な役割をはたす。携帯電話は,当初移動しながら通話ができる電話として使われたが,インターネットに接続できるようになり,情報機器としての機能を高め,m-コマースを発展させた。無線によるモバイル通信は,広域の移動体通信と特定の場所における無線LANがある。前者は携帯電話による移動体通信であり,後者は公共的な場所に設置された無線LANにノートパソコンなどからネットワークにアクセスする無線通信である。無線通信に使われるモバイル端末は多くの種類があり,利用者はこれらの機器を使ってさまざまな情報サービスにアクセスすることが可能になり,情報機関等における情報サービスに大きな影響を与えている。
キーワード:無線通信,モバイル通信,携帯電話,i-モ-ド,無線LAN,ホットスポット,m-コマース,ユビキタスネットワーク社会
高信頼なP2P型コミュニケーションモデル構築にむけての考察
安達基光*
*あだち もとみつ (株)富士通研究所ITコア研究所
〒211-8588 神奈川県川崎市中原区上小田中4-1-1
Tel. 044-754-2788(原稿受領 2003.10.15)
P2P(Peer to Peer)型システムは,全ての端末システム(Peer)がサーバーとクライアントの両方の能力を備える情報システムである。本システムは情報交換や流通を集中管理型のサーバーを介さずに実現するものとして,音楽や映像のコンテンツの配布や流通に大きなインパクトを与えている。一方,P2P型システムを著作権保護などが可能な信頼できるものにするための技術が必要となる。本論文では,P2P型のエージェントプラットフォームにおける高信頼度なドメインの構成方法について述べる。さらに,全てのPeerが耐タンパデバイスを備えた場合,このプラットフォームに基づくディジタル著作物の著作権保護方式についても述べる。
キーワード:P2P型コミュニケーション,エージェント,著作権保護,コミュニティ,セキュリティ
セキュアなリモートアクセスを実現する最近の技術とその運用
鳩貝耕一*
*はとがい こういち 甲南大学情報教育研究センター
〒658-8501 兵庫県神戸市東灘区岡本8−9−1
Tel. 078-435-2329(原稿受領 2003.10.27)
インターネットという通信内容がどこかで傍受されていたり改竄されていてもおかしくない通信インフラストラクチャが,多くの人々の生活の中で利用されている。リモートアクセスによる情報サービスを提供する側では,特定の情報サービスへのアクセス資格を持った利用者のみが価値ある情報をセキュアに送受信できる仕組みを用意する必要がある。さらに,情報資源を守るための明確なセキュリティ・ポリシーを作成し継続的に運用する必要がある。ここでは,様々な情報サービスを構築する際に必要となる,セキュアなリモートアクセスを実現するための最近の技術およびその運用についてまとめる。
キーワード:リモートアクセス,セキュリティポリシー,情報サービス,VPN,IPsec,SSL,無線LAN
モバイルの限界および問題点
黒田正博*
*くろだ まさひろ 独立行政法人通信総合研究所横須賀無線通信センターワイヤレスアプリケーショングループ
〒239-0847 神奈川県横須賀市光の丘3-4
Tel. 046-847-5103(原稿受領 2003.10.22)
最近のモバイルの進歩は著しい。日本での携帯電話の年間出荷台数は4000万台を越えている。第3世代の携帯電話も普及してきており,その場のビデオ画像を友人に送ることなどが出来るようになってきている。一方,ノートパソコンが年間500万台,PDA(携帯情報端末)も100万台近くの年間出荷台数となり,無線LANの急速な広まりとあいまって,外出先からメール・Webなどを利用することが増えてきている。このような状況下,利用者から見たモバイルセキュリティの限界と問題点を中心に取り上げ,将来のモバイル環境として注目されている次世代の移動体通信ネットワークでのセキュリティを概観する。
キーワード:モバイル,セキュリティ,無線LAN,VPN,PKI
データベース契約とリモートアクセス要件
菅 育夫*
*かん いくお 明治学院大学図書館
〒108-8386 東京都港区白金台1-2-37
Tel. 03-5421-5222(原稿受領 2003.11.11)
大学図書館におけるデータベース契約の状況と,データベース利用促進の一手段としてのリモートアクセスについて,さらにはデータベース契約に伴い担当者の直面する諸々の問題点を明治学院大学図書館を中心に「山手コンソーシアム」加盟館の状況を織り交ぜながら紹介する。
キーワード:データベース,リモートアクセス,ネットワーク,コンソーシアム契約
リモートアクセスにおけるデジタルコンテンツの運用および動向
大宮則彦*,石井知好**
*おおみや のりひこ 南山大学
〒466-8673 愛知県名古屋市昭和区山里町18
Tel. 052-832-4374
**いしい ちよし 南山大学
〒466-8673 愛知県名古屋市昭和区山里町18
Tel. 052-832-3707(原稿受領 2003.10.29)
安定かつ安全なリモートアクセス利用環境の構築・運用が実現できてはじめて,各種のデジタルコンテンツサービスが提供できる。言い換えれば,情報セキュリティが確保できなければ,戦略的なサービス自体提供できない。組織が情報セキュリティを業務等のプロセスの中に実装しようとする時のモデルを紹介する。ここでは,具体的な情報セキュリティ技術に言及するのではなく,組織が目指す情報セキュリティレベルをクリアするための管理手法について説明する。
キーワード:ユビキタス,リモートアクセス,情報セキュリティ,情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS),情報セキュリティポリシー,リスクマネジメント,デジタルコンテンツ
図書館におけるユビキタスへの取り組み
―無線LANとアプリケーション共有サーバー―
西向仁史*
*にしむかい ひとし 北海道医療大学学術情報課
〒061-0293 北海道石狩郡当別町金沢1757
Tel. 01332-3-1211(原稿受領 2003.11.4)
ユビキタス(ubiquitous)とはインターネットなどの情報ネットワークに,いつでも,どこからでも,誰でもアクセスできる環境のことであり,語源はラテン語で,いたるところに存在するという意味である。本稿では,図書館におけるユビキタスのモデルとして,ハードウェアの側面から,図書館内のユビキタスネットワークを無線LANで構築した事例を紹介し,ソフトウェアの側面から,OS(Operating System)に依存するデジタルコンテンツをユビキタスで利用可能にした事例を紹介する。
キーワード:ユビキタス,無線LAN,デジタルコンテンツ,OS依存,IEEE802.11,MetaFrame
寄稿:中国特許情報調査
赤壁幸江*
*あかかべ ゆきえ 昭和電工(株)知的財産部
〒105-8518 東京都港区芝大門1-13-9
Tel. 03-5470-3285(原稿受領 2003.10.15)
従来中国特許情報を調査するには,DWPI等の商用英文データベースに頼らざるを得なかったが,タイムラグや収録漏れ,抄録抜け等の問題点が指摘されていた。一方,中国知的財産局が提供するデータベース(SIPO-DB)は収録率やタイムラグの点では最も信頼性が高く,中国語が利用可能な環境であればステータス情報をはじめとする書誌情報調査のみならず,技術情報調査も可能である。そこで,英文・日文のみに通じたサーチャーが中文翻訳ソフトの利用によってできるだけ効率的に漏れのない中国特許調査 を実施するため,SIPO-DBの研究および商用データベースとの比較・検討を行った。
キーワード:特許情報,中国特許,データベース,抄録情報,審査経過情報
投稿:公共図書館の新たな情報サービス
―結城市の事例―
笹沼 崇*
*ささぬま たかし 結城市教育委員会図書館準備室
〒307-0001 茨城県結城市大字結城7467-5
Tel. 0296-34-0150(原稿受領 2003.10.15)
公共図書館は,蔵書を中心とした情報提供を行うことにとどまらず,様々な情報発信拠点としても施設を活用することによ り,市民の情報活動を活性化させ,それを市の活性化にも繋げることができる。こうした考えに基づいた,茨城県結城市の図書館情報サービス計画と,図書館システムの概要を紹介する。
キーワード:公共図書館,複合施設,ネットワーク構築,情報サービス,ICタグ,自動返却装置