情報の科学と技術
Vol. 53 (2003), No.9
特集=学術情報流通としての出版
特集「学術情報流通としての出版」の編集にあたって
内外の出版状況に様々な変化が起きています。IT技術の発達による出版の電子化が進んだことが大きな特色として挙げられましょう。これは製版の電子化による編集作業の合理化という面ばかりでなく,出版物そのものを電子媒体で提供するということも急速に進んでいます。
本特集では主に学術出版に焦点を絞り最近の動向をまとめています。学術出版の根底にある基本的な性格をまとめています。これはIT技術の発達による出版の電子化を考える上でも考慮すべき基礎事項というべきものです。海外に学術情報の発信をしている大学出版部とSPARCでの取り組みを紹介します。今回は電子ジャーナル以外の学術分野での電子出版の可能性を探るため,学術分野の電子ブックを中心とした海外での電子出版の現状を解説します。最後に日本の学会での学術情報発信の現状を述べます。
本特集が学術情報流通の現状を理解する上での参考となれば幸いです。
(会誌編集委員会特集担当委員:村上勝美,伊藤淳,大田原章雄,新保佳子,松林正己)
学術出版システムの根底にあるもの
箕輪成男*
*みのわ しげお 神奈川大学名誉教授
〒145-0071 東京都大田区田園調布5-20-16
Tel. 03-3722-5528(原稿受領 2003.6.9)
学術出版は多くの要素が相互にからみ合う,複雑多岐なひとつの社会的ないし技術的過程である。したがって学術出版を論ずるには,そうした広範な全容に眼を配らねばならぬと同時に,議論の対象を明確にしぼらなくては,有効な議論となりえない。本稿では学術出版の諸要素を,過程,機能,環境,当事者,メディアの5つのグループとして捉えている。
学術出版を複雑にしているもうひとつの理由は,その主要概念が,いずれも両義的,多義的であるためである。たとえば我々は学術出版を学術情報の伝達といった一面的な解釈で処理することはできない。学者のかくされた動機として,成果の誇示,威信の獲得があることを考慮しなければならないのである。
本稿は残りの部分で,学術出版のいくつかの具体的問題について,その根底にある学術出版の基本的性格への考慮を促している。
キーワード:学術出版,モノグラフ,学会誌,情報伝達,威信付与,経済的報酬,著作権,出版流通,英文出版,社会的コスト
大学出版部は存在意義を示せるか―京都大学学術出版会の取り組みから―
鈴木哲也*
*すずき てつや 京都大学学術出版会
〒606-8233 京都府京都市左京区吉田河原町15-9 京大会館内(原稿受領 2003.5.26)
出版不況の中にあって,我が国の大学出版部は,一見,活性化しているようにみえる。もちろんこの背景には,この10年来の大学改革と学術研究における競争状況がある。しかし研究の現場では,「真の研究成果の公開」が,実は等閑視されているという苛立ちが強い。大学出版部は,今こそ,「高いImpact Factorを持つメディア」たるべく求められているのだ。本稿では,主として京都大学学術出版会における英文書の刊行と新技術の活用の事例を具体的に取り上げながら,こうした要請に答えようとする大学出版部の活動を紹介する。そして,大学出版部を「学術情報の流通」のコアとして位置づけた取り組みが必要であると述べる。
キーワード:インパクトファクター,英文出版,学術書の危機,企画,校閲,新技術,大学出版部,編集
SPARC/JAPANにみる学術情報の発信と大学図書館
安達 淳*,根岸正光*,土屋 俊**,小西和信*,大場高志*,奥村小百合*
*あだち じゅん,ねぎし まさみつ,こにし かずのぶ,おおば たかし,おくむら さゆり 国立情報学研究所
〒101-8430 東京都千代田区一ツ橋2-1-2
Tel. 03-4212-2351
**つちや しゅん 千葉大学
〒263-8522 千葉県千葉市稲毛区弥生町一番33号
Tel. 043-290-2277(原稿受領 2003.7.18)
我が国の学術論文の多くは欧米の雑誌に掲載され,海外に流出している。一方,国内の大学図書館が購入する外国雑誌のタイトル数は,急激に減少している。欧米ではSPARCという大学図書館活動が組織され,日本でも,電子ジャーナルのコンソーシアム契約など学術コミュニケーションに対する変革が始まっている。しかし,日本の学協会等の学術雑誌は,いまだ国際化や電子ジャーナル化への対応が不十分であり,電子的流通に対するビジネスモデルが未発達である。こうした問題点を解決するため国立情報学研究所は,科学技術振興事業団や国内外の大学図書館と連携して,国際学術情報流通基盤整備事業(SPARC/JAPAN)を開始した。
キーワード:学術論文,SPARC/JAPAN,大学図書館,電子ジャーナル,学術コミュニケーション,ビジネスモデル,国立情報学研究所,科学技術振興事業団,国際学術情報流通基盤整備事業
海外における電子出版の最新動向―学術分野の電子ブックを中心に―
長塚 隆*
*ながつか たかし 潟Wー・サーチ
〒108-0022 東京都港区海岸3-9-15 LOOP-Xビル9F
Tel. 03-3452-1244(原稿受領 2003.6.19)
数年前には,電子ブックの急速な成長が見込まれていたが,そのような電子ブック革命は大きく後退してしまった。多くのプレイヤーが退場したが,電子ブックが死滅したわけではない。例えば,学術・研究領域のような,いくつかの電子ブックの領域においては,生存し続けているといえる。電子ブックのプレイヤーは,学術プロジェクト,学術出版社,アグリゲーションサービス,商業出版社,ソフト会社の5つのグループに分類できる。最近の特徴としては,アグリゲーションサービスと学術出版社が電子ブックのサービスを拡大していることがあげられる。電子ブックの発展の方向性について,オリジナル書籍間の連携,情報検索機能,他の情報源とのリンクなどの視点から考察した。
キーワード:電子ブック,電子出版,データベース,アグリゲーションサービス,閲覧ソフト
日本化学会での学術情報発信と流通
林 和弘*,門條 司**
*はやし かずひろ,**もんじょう つかさ (社)日本化学会
〒101-8307 東京都千代田区神田駿河台1-5
Tel. 03-3292-6165(原稿受領 2003.7.10)
日本化学会の学術情報発信の近況を紹介するとともに,電子ジャーナルにおける取り組みを解説する。特に2002年よりJ-STAGEを本格的に利用することで広く読者に情報を提供することができ,他雑誌,2次データベースとのリンクを含む電子ジャーナルの標準的なサービスを実現しつつ,健全な事業形態を構築することもできた。また,日本のジャーナルにおける電子ジャーナル課金の難しさについても考察する。
キーワード:電子ジャーナル,J-STAGE,ChemPort,電子投稿,日本の出版モデル
連載:最終回 利用者の満足とは?
(原稿受領 2003.7.28)
図書館や情報センターで毎日の業務に追われている私たち。自分の仕事ばかりに目がいって,利用者の目線で自らのサービスを考えたことはありますか?利用者からの問い合わせ,蔵書,データベースへのアクセス,そして私たち自身に対して,どのように感じているのでしょうか?企業でも大学でも図書館がサービス業である限り,利用者の満足度はついて回ります。身近な事例を基に,図書館の顧客満足度を考えてみましょう。