「情報の科学と技術」2016年1月号 (66巻1号). 特集= 中東の学術情報

特集:「中東の学術情報」の編集にあたって

2016年最初となる特集は「中東の学術情報」です。
2010年にチュニジアで起こったジャスミン革命は,その後アラブ世界に広がりを見せ,こうした一連の運動は「アラブの春」と呼ばれました。Facebookやツイッターといったソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を通じて広まる,新しいタイプの民主化運動として注目を集めましたが,5年を経た今も混迷が増しています。
特に,昨年11月にパリで起きた同時多発テロは,日本を含め,世界に衝撃を与えました。アメリカなどでも保守的・排他的な考えが勢いを増しているように感じますが,このような時だからこそ,あくまで冷静な態度をもって,中東,アラブ地域の情勢に向き合いたいものです。「恐怖は常に無知から生じる(“Fear always springs from ignorance”)」とは,19世紀の思想家,エマーソンの言葉です。いたずらに恐怖に踊らされないためには,「知る」ことがきわめて重要になります。
今回の特集では,中東地域の研究のために欠かすことのできない学術情報の状況について,さまざまな観点から論考や概説をいただきました。
まず,日本貿易振興機構アジア経済研究所の高橋理枝氏には,中東における学術情報の生産動向や収集についての概説をいただきました。続いて,東洋文庫研究部イスラーム地域研究資料室の徳原靖浩氏には,イスラーム地域の現地語資料の特徴や日本におけるその収集,現状と課題等について論じていただきました。日本技術貿易の中根寿浩氏には,技術情報としての特許に着目し,中東諸国における特許制度や出願状況,特許調査環境等についての整理をいただきました。また国立国会図書館の林瞬介氏には,トルコに焦点を当て,その科学技術政策の現状や学術情報流通環境について概観していただきました。最後に,京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科の長岡慎介氏により,中東アラブ世界の「読み(誦み)」「書く」伝統と,そこに近年登場したテクノロジーによる新しい出版メディアの台頭,それらが複雑に入り混じった現状や今後の課題等について論じていただくことで,特集を締めくくっています。
今回の特集が,中東,アラブ地域の研究を専門とされる方のみならず,学術,文化,経済の多様なレベルにおいて交流を進める多くの方々にとって,当該地域を理解し,さらなる関係の深化をはかるための一助となれば幸いです。
(会誌編集担当委員:鳴島弘樹(主査),小山信弥,田口忠祐,中村美里)

中東の学術情報の動向と日本におけるその収集

高橋 理枝 情報の科学と技術. 2016, 66(1), 2-7.
たかはし りえ 独立行政法人日本貿易振興機構 アジア経済研究所 図書館 研究情報整備課
〒261-8545 千葉県千葉市美浜区若葉3-2-2
Tel. 043-299-9711        (原稿受領 2015.10.13)
本稿では,中東の学術情報について,その動向と日本における収集について概観する。前半では,研究機関での学術情報の生産状況とオープンアクセスの動向について述べ,また人文・社会科学研究を取り巻く環境とその課題について取り上げる。後半では,中東研究の研究資源の増大と,一次資料(統計,開発計画書,法律)や書籍の日本における収集の現状について述べる。最後に,中東における新たな情報拠点として浮上しつつある湾岸諸国の動きにスポットを当てるとともに,長期化する政情不安の影響について言及する。
キーワード:中東・北アフリカ,学術情報,オープンアクセス,電子化,人文・社会科学研究,資料収集,出版

イスラーム地域研究資料の収集・整理・利用の課題と展望

徳原 靖浩 情報の科学と技術. 2016, 66(1), 8-13.
とくはら やすひろ 公益財団法人東洋文庫研究部イスラーム地域研究資料室/人間文化研究機構地域研究推進センター
〒113-0021 東京都文京区本駒込2-28-21 公益財団法人東洋文庫研究部イスラーム地域研究資料室
Tel. 03-3942-0235 E-Mail:tokuhara@toyo-bunko.or.jp       (原稿受領 2015.10.12)
東洋文庫研究部イスラーム地域研究資料室は,「イスラーム地域研究」ネットワークの拠点の一つとして,現地語資料の収集や整理に関わる課題に取り組んできた。本稿では,まずイスラーム地域の現地語資料の特徴と,日本における蔵書の概要について述べ,次に,アラビア文字資料の整理をコンピュータで行う際の問題点について,NACSIS-CATのアラビア文字対応の経緯とともに解説する。次に,現地語資料を効率的に収集・整理・利用する際の問題点と,それに対する東洋文庫研究部イスラーム地域研究資料室の取り組みについて紹介する。最後に,今後の展望について,日本の現状に合わせたネットワーク型の協力の利点に触れつつ述べる。
キーワード:イスラーム地域研究,東洋文庫,アラビア文字,目録,蔵書構築,利用者教育

中東の特許情報

中根 寿浩 情報の科学と技術. 2015, 66(1), 14-19.
なかね としひろ 日本技術貿易株式会社 IP総研
〒105-8408 東京都港区西新橋1-7-13
Tel. 03-6203-9243       (原稿受領 2015.10.9)
本稿では,中東湾岸諸国,特にGCC(湾岸協力会議:Gulf Cooperation Council)およびその加盟国(サウジアラビア,UAE,バーレーン,カタール,クウェート,オマーン)とイランの各国特許制度および特許出願状況,特許調査環境(特許情報へのアクセス性)についてその概要を整理している。GCCを除き,各国の特許情報へのアクセス性は非常に悪く,特許調査を行うための環境は整備されていない状況に等しいと言えるが,その中でも,特許情報にアクセスするために現状利用することができるWebサイト等について紹介している。また,GCCについては,これまでに発行された全登録特許を対象に権利者や技術分野の傾向について整理している。
キーワード:中東,GCC,サウジアラビア,UAE,イラン,特許情報,特許検索,特許調査,データベース

トルコの科学技術政策と学術情報流通環境

林  瞬介 情報の科学と技術. 2016, 66(1), 20-25.
はやし しゅんすけ 国立国会図書館
〒100-8924 東京都千代田区永田町1-10-1
Tel. 03-3581-2331        (原稿受領 2015.10.13)
トルコの科学技術政策の現状と学術情報流通環境について概観する。トルコにおいて科学技術・学術研究と学術情報流通にかかわる政府関係機関は多数の省庁にまたがっているが,開発政策の枠組みに位置づけられて開発省と科学技術研究機構が中心的な役割を果たしている。大学で情報・記録管理の学位を取得した図書館員が中心となってヨコの協力体制である専門職団体やコンソーシアムが立ち上げられ,科学技術研究機構を中核とする集中的な協力体制とともに研究図書館ネットワークを形成している。学術情報流通に関係するオンラインサービスは科学技術研究機構を中心に整備が急速に進み,トルコの学術情報流通環境はオープンアクセスに向かっている。
キーワード:トルコ,科学技術政策,学術情報,開発省,科学技術研究機構,図書館ネットワーク,オープンアクセス

現代中東アラブ世界の「読み」「書く」伝統とその革新-研究者が見た出版メディアのいま

長岡 慎介 情報の科学と技術. 2016, 66(1), 26-31.
ながおか しんすけ 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
〒606-8501 京都市左京区吉田本町京都大学総合研究2号館4階
Tel. 075-753-9621 E-Mail:nagaoka@asafas.kyoto-u.ac.jp        (原稿受領 2015.10.13)
中東アラブ世界は,イスラーム文明がもたらした「読み(誦み)」「書く」伝統が連綿と受け継がれてきた地域である。その伝統は,21世紀でも依然として健在である。他方,ヨーロッパ近代が生みだしたテクノロジーによって,その伝統が新しいメディアによって再構築され,以前には考えられなかった形で伝播していく動きも見られ始めている。本稿は,そのような新旧の伝統と革新が複雑に入り交じる現代中東アラブ世界の「読み(誦み)」「書く」伝統を支える知的インフラである出版メディア(書籍,インターネット)の一側面を描写する。
キーワード:中東アラブ世界,資料収集,書店,出版流通,電子書籍,インターネット

次号予告

2016.2 特集=「図書館の意義 再考」
(特集名およびタイトルは仮題)

  • 総論:図書館の意義
  • 各論1:専門図書館の意義
  • 各論2:大学図書館の協働・支援体制
  • 各論3:大学図書館の研究支援
  • 各論4:市民社会と図書館
  • 連載:情報分析・解析ツール紹介

など