Vol. 63(2013), No.8
1990年代の終わりから出版物の合計販売金額が落ち込みはじめ,出版社や書店の多くが倒産・閉店するなど,出版不況と言われる状況が続いています。一方で,例えば芥川賞・直木賞の発表はいつも華々しいニュースであり,他にも本屋大賞の受賞作品など多くの“話題の本”が日々宣伝されています。また,「ビブリオバトル」や「朝読」などの普及,電子書籍の緩やかな浸透,東日本大震災で再認識された本・書店の必要性などを考えると,本あるいは読書というものは常に何かしら注目されていると言うこともできます。
このような状況を踏まえ,弊誌においても出版業界の現状を伝えられる特集が必要と考え,今回は多くの人が本を入手する場である「書店」に焦点を合わせました。読者と本を繋ぐ場所である書店の現状を知ることは,出版流通の今を知る上で最適であろうと考えています。また読者の皆さまのうち,業務で様々な資料を書店から購入する,あるいは一利用者として書店によく足を運ぶ,といった方は多いのではないでしょうか。このように私たちの身近にある書店について様々に考察することで,出版界に起こっていることを把握できる特集を企画しました。
上智大学の柴野京子氏には,総論として書店の現状を概括いただきました。また今後の書店の捉え方・在り方の可能性についても言及いただき,非常に示唆に富む論考をまとめていただきました。
文化通信社の星野渉氏からは,海外の書店との比較,取次との新しい関係構築の可能性,「フューチャー・ブックストア・フォーラム」の動向など,様々な視点から書店というものを論じていただきました。
立命館大学の湯浅俊彦氏からは,書店と電子出版ビジネスのこれまでの経緯を踏まえ,電子書籍の普及に伴い今後書店はどうあるべきかという点を論じていただきました。
書店と一言で言ってもその規模や専門分野は様々であり,小規模なスペースながら堅実な棚作りなどで常に注目される東京都文京区の往来堂書店店長・笈入建志氏に,往来堂書店の日々の業務を紹介いただき,“町の書店”の今後の姿を提言していただきました。
そして日本古書通信社の樽見博氏からは,そもそもの書店の成り立ちから,普段あまり知ることのない古書店の業務内容,古書店業界の現状と今後についてまとめていただきました。
また今回の特集に際して,一編集委員でありながら有難くも三省堂書店で研修を行う機会を得ることができ,そのレポートを最後にまとめさせていただきました。
各論考で述べられているように,書店の将来像は既に決まっているわけでも,明確に提示されているわけでもありません。それは図書館も同じであり,今回の特集が,未来の書店,図書館,出版流通全体を考えていく際の一助となり,また書店と図書館との相互理解の契機となりましたら幸いです。
(会誌編集担当委員:中村美里(主査),池嶋千夏,小山信弥,權田真幸)
柴野 京子*
*しばの きょうこ 上智大学
〒102-8554 千代田区紀尾井町7-1 上智大学文学部新聞学科
Tel. 03-3238-3993(原稿受領 2013.5.22)
ここ10年ほどの間に,日本の新刊書店数は7割程度まで減少した。とくに著しいのは個人経営の小規模書店の閉店だが,郊外化や都市部への大型出店をすすめてきたチェーン書店や大書店もまた,ブックオフやアマゾンなど,既存の枠組みの外からもたらされた環境の変化に直面している。ここではそれらの状況を概観したうえで,インターネット書店のデザインが現実の書店にもたらした影響や,バーチャルとの対比で新たに発見される「リアル」書店のありようなどについて,代表的な事例を用いながら,実験的に言及していく。
キーワード: 書店,出版流通,郊外化,アマゾン,リアル書店,生活空間,公共性
星野 渉*
*ほしの わたる 株式会社文化通信社
〒113-0034 東京都文京区湯島2-4-3 ソフィアお茶の水 3階
Tel. 03-3812-7466(原稿受領 2013.5.28)
2000年代に入り日本の書店数は大幅に減少している。その原因は主に雑誌市場の縮小にある。さらに,今後は電子書籍化の影響も予想される。その一方で,リアルな空間としての書店の価値を,改めて評価する動きや,電子書籍を取り込もうとする書店も登場している。日本型の取次・書店システムが持つ構造的な問題点も踏まえて,今後の書店の方向性を探る。
キーワード: 書店,取次システム,書店経営,書籍,電子書籍,出版産業
湯浅 俊彦*
*ゆあさ としひこ 立命館大学文学部
〒603-8577 京都市北区等持院北町56-1
Tel. 075-465-8187(原稿受領 2013.5.29)
日本の出版流通における書店の位置を概観し,学術出版の流通に起きた変化と書誌情報・物流情報のデジタル化という前史から,今日の電子出版ビジネスと書店の関係を考察した。そこで明らかになったのは物流を伴わない出版流通において,既存のリアル書店が主要なプレイヤーにはなりえないということである。しかし,リアル書店の良さはその空間演出にある。アマゾンのようなオンライン書店の登場によってこれまで当たり前であった普通の書店が「リアル書店」と呼ばれ,その価値が改めて見直されたように,電子出版の進展によって「紙の本」の価値は相対化されながらも,消えることはないだろう。
キーワード: 出版流通,書店,学術出版,デジタル化,電子出版
笈入 建志*
*おいり けんじ 千駄木 往来堂書店 店長
〒113-0022 東京都文京区千駄木2-47-11
Tel. 03-5685-0807 (原稿受領 2013.6.7)
今は小規模かつ個人経営の小売店舗は書店に限らず減少し,一方でコンビニエンスストアやチェーン店,大資本による大型店舗やショッピングセンターなどが目立つ時代である。個人経営の書店が生き残っていくためには何が必要なのか。現在行っている仕事を整理しなおし,それぞれ将来性や重要度をもう一度検討する。接客,仕入れ,商品開発,販売促進,PR,イベントなどの各分野に含まれる仕事の,どれを最重要と位置付けて力を注ぐのか。新しい時代の書店がここから生まれる。
キーワード: 読書体験,共有,文脈,本籍と現住所,無駄
樽見 博*
*たるみ ひろし 日本古書通信社
〒101-0052 東京都千代田区神田小川町3-8
Tel. 03-3292-0508(原稿受領 2013.5.16)
書物の誕生と同時に古書は生まれ,書物の流通の歴史が始る。書店の初期の形態は,新刊書の制作から販売,さらに古書の売買も伴うものであった。書物の刊行が増えるに従って新刊書店と古書店は分離し,流通の仕方も変わった。古書業界は業者間の交換市を経営し,需要と供給の関係から販売価格を決めるシステムを確立した。全国組織を作り貴重な古書を掘り起こし,古書の後世への伝達という役目を果たしてきた。21世紀に入り,書物の世界にもデジタル化の波が押し寄せてきた。書物という形態に大きな変革が起きようとしているが,1冊1冊に個性が備わる古書の価値を見極める仕事として,今後ますますその専門的な知識と経験が問われるようになってきた。
キーワード: 古書店,古本屋,古書組合,古書交換会,古書目録,専門書市,新古書店,書物のデジタル化,日本の古本屋
中村 美里(本誌編集委員)*