Vol. 56 (2006), No.10
インターネットの普及による情報量の増大は目覚しいものがあります。そのため,大量に集まった情報のなかから不要なものを排除し,必要な情報を得るという作業が必要となってきています。
最近では情報を探す段階で,システム的な仕組みによって自動でこのような作業が行われていることがあります。受信者以外の第三者によって,受信者が受信する前に,受信者に渡る情報を選別する,そのような処理のことをここでは総称して,情報の「フィルタリング」と呼びたいと思います。
一般に「フィルタリング」というと有害な情報へのアクセスを遮断するようなものを思い浮かべる方も多いかと思います。もちろんそれは「フィルタリング」の重要な機能の一つです。しかし,「フィルタリング」を不要な情報と必要な情報を選別する,そのための情報処理技術の一つと考えると,「フィルタリング」技術は単に有害情報を遮断することにとどまりません。不要な情報に何らかの印をつけること,不要な情報を排除したり,過去の情報や他者の選好を反映することで有用な情報を浮かびあがらせること,等も情報を選別し,アクセスすべき情報を限定するという点で「フィルタリング」の範疇に含まれると考えることができます。
このような広義の「フィルタリング」は,大量のSPAMメールの処理やインターネットのショッピングサイト等で,すでに私達の日常生活に多く取り入れられ,便利な仕組みとして利用されています。
他方で「フィルタリング」は自動で行われてしまうことから,場合によっては必要な情報を排除されてしまったり,そもそも情報の存在自体を隠蔽してしまう可能性も秘めています。
本特集では,そのような両義性を念頭に「フィルタリング」が持つ問題点を押さえた上で,「フィルタリング」が用いている個別の技術や裏側の仕組みを概説していただきました。またあまり触れられることはありませんが,「フィルタリング」と法との関係についても考察いただいています。これによって「フィルタリング」を皆様が利用する上での参考となることを目指しました。お役に立てば幸いです。
(会誌編集委員会特集担当委員:川瀬直人,大田原章雄,木下和彦,野本東,島有治)
井出 明*
*いで あきら 近畿大学 経済学部
〒577-8502 東大阪市小若江3-4-1
Tel. 06-6721-2332(原稿受領 2006.7.24)
本稿では,技術論として語られがちなフィルタリングを,社会制度の一環として捉えている。フィルタリングソフト導入の理念は青少年の健全育成のためであり,十分に合理性を持つ。しかし,無限定なフィルタリングシステムの導入は,社会に新たなる検閲制度を持ち込むことに他ならない。考察の方向性としては,インターネットを民主主義実現のためのインフラと認識した上で,フィルタリングが民主主義システムの根幹を支える"表現の自由"という価値概念を破壊しかねないという観点から批判的な考察をくわえたい。そして最終的には,今後のフィルタリングシステムをどのように運営していくべきかという視点から提言を行う。
キーワード: フィルタリング,民主主義,表現の自由,検閲,検索エンジン
神嶌 敏弘*
*かみしま としひろ 産業技術総合研究所
ホームページhttp:/www.kamishima.net/(原稿受領 2006.7.21)
情報爆発(information explosion)や情報洪水(information overflow)とも呼ばれる
情報過多とは,自身が望む情報があっても,あまりに多くの情報の中に埋もれてしまい,それを見つけることができなくなっている現在の状況のことである。推薦システムは,この情報過多を克服するため,利用者が望む情報を見つけることを補助するものである。本稿ではこの推薦システムの動作原理を中心に述べる。
キーワード: 情報過多,推薦システム,内容に基づくフィルタリング,協調フィルタリング,セレンディピティ
石川 徹也*1,宇田 隆幸*2
*1いしかわ てつや 東京大学・史料編纂所・前近代日本史情報国際センター
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
Tel. 03-5841-1614
*2うだ たかゆき 東北大学・大学院情報科学研究科・博士後期課程
〒980-0812 仙台市青葉区片平2-1-1
Tel. 022-217-5415
(原稿受領 2006.7.31)
Internetの普及に伴い多様な情報提供方式が出現してきている。伴って情報形態も多様化し,その量も膨大化している。特に電子商取引の普及に伴い,対象商品に関する情報の提供が多様化している。このような状況を鑑み,情報サービス方式を大きくPush型,Pull型に分け整理し,情報フィルタリングの位置づけを明確にし,情報フィルタリングの機能を活用したPush型情報サービスの典型である情報推薦システムの方式について概観する。
キーワード: 情報提供システム,情報フィルタリング,情報推薦システム,協調フィルタリング,ハイブリッドフィルタリング
田端 利宏*
*たばた としひろ 岡山大学大学院自然科学研究科
〒700-8530 岡山市津島中3-1-1
Tel. 086-251-8188(原稿受領 2006.7.19)
電子メールの普及に伴って,SPAMメールと呼ばれる受信者の意図を無視して大量に送りつけられる電子メールが増加し,問題になっている。そこで, SPAMメールをうまく排除できる電子メールのフィルタリング技術が注目されている。特に,電子メールのフィルタリング技術の中でも,ベイジアンフィルタは,判定精度が良く,注目されている。ベイジアンフィルタは,ベイズ理論を応用したもので,受信者が過去に受信した電子メールの特徴を学習し,学習したデータに基づいて,新たに受信したメールがSPAMメールかどうかを判定する。本稿では,ベイジアンフィルタについて,学習と判定の仕組みを中心に解説する。
キーワード: ベイジアンフィルタ,電子メール,SPAMメール,フィルタリング技術,学習
石田 栄美*
*いしだ えみ 駿河台大学文化情報学部
〒357-8555 埼玉県飯能市阿須698
Tel. 042-974-7177(原稿受領 2006.8.2)
テキスト自動分類手法は,1990年代後半からさかんに研究され始め,現在では様々な分野で適用され始めている。テキスト自動分類は,分類済みのテキスト集合を利用して分類ルールを作成し,そのルールと照らし合わせることで分類対象テキストをカテゴリに分類するという手順で行われる。テキスト集合から各カテゴリの特徴を抽出し,分類ルールを作成する方法が,分類性能に直接かかわる。これには,情報検索分野や機械学習分野において提案された手法などが適用されている。世の中に流通する情報が増えるなかで,情報を効率的に探し出すためには,分類は必要不可欠な要素である。これからも様々な分野での適用が求められている。
キーワード: テキスト自動分類,カテゴライゼーション,クラスタリング,分類法,分類ルール,分類手法,情報検索,機械学習,テストコレクション
新保 史生*
*しんぽ ふみお 筑波大学大学院 図書館情報メディア研究科
〒305-8550 つくば市春日1丁目2番地
Tel. 029-859-1336(原稿受領 2006.8.16)
フィルタリングの利用に関する問題は,インターネット上における違法・有害情報対策との関係で論じられることが多い。とりわけ,それらへの効率的な対策を講じる上でのツールとして,技術的な側面から議論がなされることが通例である。しかしながら,情報セキュリティ対策の一環としてのフィルタリングの利用への期待も高まりと同時に法的側面からの検討も重要になっていることから,情報の選別や排除だけでなく,外部へのアクセスの遮断や情報の流通制限を含む「広義のフィルタリング」の利用に伴う法的問題について概観する。
キーワード: フィルタリング,プライバシー,個人情報保護,通信の秘密,表現の自由,情報セキュリティ
樫村 雅章*
*かしむら まさあき 慶應義塾大学HUMIプロジェクト
〒108-8345 東京都港区三田2-15-45
Tel. 03-5427-1646 (原稿受領 2006.8.15)
冊子本のデジタル化のための撮影現場では,各ページの正面像を撮影する作業が中心となるが,デジタルカメラで撮影された画像の様子をパソコン画面上で確認したり,それを画像ファイルとして確実に保存するなどの作業が並行して進められる。HUMIプロジェクトによる貴重書撮影手法についての2回にわたる解説の後半となる今回は,まず画像ファイルの取り扱いに関連する,撮影以外のそうした作業について説明し,次に,見開きや外観など,ページ像以外の特殊画像の撮影の様子を紹介する。続いて,巻物のデジタルファクシミリ用画像の撮影手法について具体的に解説する。
キーワード: HUMIプロジェクト,貴重書,デジタル化,デジタルファクシミリ,撮影手法,奈良絵本,巻物
大場 郁子*
*おおば いくこ エルゼビア・ジャパン(株) データベースプロダクツ プロダクト担当
〒106-0044 東京都港区東麻布1-9-15 東麻布一丁目ビル4階
Tel. 03-5561-5057(原稿受領 2006.8.11)
研究者のための学術情報ナビゲーションツールScopus(スコーパス)は,科学・技術・医学・社会科学分野における4,000以上の出版社の 15,000誌以上のタイトルを収録する書誌・引用データベースである。Scopusは,検索結果のデータをいろいろな方法で分析し,より深い洞察を得たいと考えている研究者のニーズにこたえるための機能拡張を継続的に行ってきた。ここでは,特定著者の文献収集をより正確かつ簡単にする著者識別機能と,利用者が自由に評価対象文献を選択して分析できる引用分析ツールの2つの新機能を通して,評価ツールとしてのScopusの特性を紹介する。
キーワード: 著者検索,引用分析,Author Identifier,Citation Tracker,Scopus,スコーパス,書誌データベース,引用データベース,評価ツール