Vol. 56 (2006), No.6
著作物の伝達手段が紙から電子媒体に移行した現代においては,著作権のあり方も大きく変わりつつあります。現行の著作権法はアナログ情報を念頭につくられていますが,デジタル化技術の発展とインターネットの普及により,著作権のおかれている状況は大きく変わりました。デジタル化技術は,書籍,プログラム,音楽,画像,映像といった様々な情報の複製・改変・再利用を容易にし,ネットワークは多くの利用者に著作物の流通・発信・共有の機会を与えました。このデジタル化とネットワーク化の進展により,従来のアナログ情報をもとにした著作権制度のあり方を見直し,アナログ情報だけでなく,デジタル情報も含んだ著作権の運用が求められています。
本特集では,電子書籍や美術品の著作権処理や,デジタル著作権管理(DRM)の最近の動向を取り上げるとともに,新しい著作権のあり方を考える試みであるクリエイティブ・コモンズについて紹介します。そして,最後に情報科学技術協会の著作権問題委員会や複写権問題対策委員会における活動内容を紹介します。
今回の特集が,デジタルネットワーク時代の現代社会に則した新しい著作権制度のあり方を考えるきっかけを提供できれば幸いです。
(会誌編集委員会特集号担当委員:野本東,及川はるみ,川瀬直人,木下和彦)
名和 小太郎*
*なわ こたろう 情報セキュリティ大学院大学
〒221-0835 横浜市神奈川区鶴屋町2-14-1
(原稿受領 2006.3.17)
著作権ビジネスの市場において,デジタル技術に関する近年の変革は社会的にも個人的にも利益をもたらしている。だが同時に,既存のビジネス・モデル,ユーザー慣行,法のあり方に影響を与えている。著作権システムがどんなものであるべきなのか,これを求めることがすべての人びとにとって第一の課題となるだろう。
キーワード: 一時的記録,オープン・ジャーナル,オープンソース,技術的保護手段,著作権管理事業,デジタル権利管理,ノーティス&テイクダウン,ブロードバンド配信,録音録画補償金,P2P
松下 茂*
*まつした しげる 潟Tンメディア
〒164-0012 東京都中野区本町3-10-3 PORT91
Tel.03-3299-1575(原稿受領 2006.4.6)
インターネットの進展とオンラインジャーナルの広がりは,学術情報分野においても電子コンテンツ著作権保護としてDRM(Digital Rights Management,デジタル著作権管理)を普及させた。学術情報分野でのDRMのほとんどは,PDFの著作権保護ソフトという形で普及している。オンラインジャーナルでは,PDFはReprintバージョンとも呼ばれるが,DRMはReprintと電子ドキュメントデリバリーサービスの分野で使用されている。一方でDRMの普及は,利用者に対して一定の負荷を必要とするため,DRMの実装を疑問視する意見も生じている。著作権保護と利用者の利便性を考慮したデジタル著作権管理が望まれる。
キーワード: DRM(デジタル著作権管理),PDF,リプリント,オンラインジャーナル,電子ドキュメントデリバリー,ERM(企業内著作権管理),PayPerView
長谷川 秀記*
*はせがわ ひでき (有)自由電子出版 代表取締役
〒134-0091 東京都江戸川区船堀6-5-2-208
Tel.03-3689-6698(原稿受領 2006.4.21)
電子書籍は,携帯電話での読書の伸びなどもあり,普及段階に入ったといえる。また,紙の本からアニメ・映画・ゲーム・キャラクター商品などへ展開するクロスメディアの動きも活発である。クロスメディアの時代においては,複雑な権利関係が発生し,著作権や関連権利の調整に大きな注意が払われなくてはいけない。電子書籍はコピーや通信による頒布が簡単である。したがって,著作権管理システム(DRM)による不正コピー防止策が必要だと言われ,DRMを採用した電子書籍フォーマットも登場している。しかし,実際に流通している電子書籍の大部分では読者の利便を優先し,ゆるやかな著作権管理しか行われていない。今後より使い勝手のよいDRMの登場が期待される。
キーワード: 電子書籍,クロスメディア,著作権管理システム,電子辞書,電子書籍フォーマット,売上げ印税,ケータイ読書,ムーブ方式
手嶋 毅*
*てしま つよし 灰NPアーカイブ・コム
〒162-8001 東京都新宿区市ヶ谷加賀町1-1-1
Tel.03-3266-2426 Fax.03-3266-2429(原稿受領 2006.3.20)
Mail: Teshima-T@mail.dnp.co.jp
博物館・美術館は,美術工芸品をはじめ歴史資料などきわめて広い分野にわたり貴重な文化財を保存修復展示している。われわれは,これらのコレクションがさまざまなメディアで広く紹介されることによって,はじめて博物館・美術館へ出かけて本物を観る楽しみへと誘われる。このように所蔵作品の情報公開は,博物館・美術館にとって極めて基本的な活動の一つと位置付けられるようになってきた。近年のデジタルアーカイブ化とインターネットのブロードバンド化の動向により,博物館・美術館の所蔵作品デジタル画像を従来の限られた専門分野のみに提供するのではなく,広く商業的なさまざまな用途へとその利用範囲を広げる先行的な事例が始まってきている。この画像ライセンス事業の事例を報告するとともに権利処理について概観する。
キーワード: デジタルアーカイブ,画像資産,イメージアーカイブ,画像ライセンス,レファレンス・アンド・ライセンス・サーバ,再許諾,著作権
上村 圭介*
*かみむら けいすけ 国際大学グローバル・コミュニケーション・センター
〒106-0032 東京都港区六本木6-15-21 ハークス六本木2F
Tel.03-5411-6696(原稿受領 2006.3.21)
デジタル技術とデジタル・ネットワークの普及は,クリエイティブ・ユーザーと呼ばれる新しいコンテンツの作り手を生み出した。従来の著作権制度の枠では,このような作り手によるコンテンツの創作活動のニーズに十分応えることができないため,「クリエイティブ・コモンズ」と呼ばれる著作権の運用が提案されている。本稿では,クリエイティブ・コモンズの目的と考え方,コンテンツの自由な共有を事実上実現するための仕組みについて論じた上で,クリエイティブ・ユーザーの時代にふさわしい著作権制度を考える上で,クリエイティブ・コモンズの試みがもたらす意義について考察する。
キーワード: クリエイティブ・コモンズ,クリエイティブ・ユーザー,著作権,コンテンツ,ライセンス,検索,メタデータ
鈴木 博道*
*すずき ひろみち (財)国際医学情報センター
〒160-0016 東京都新宿区信濃町35番地 信濃町煉瓦館
Tel.03-5361-7089(原稿受領 2006.4.28)
学術文献の複写を巡る著作権問題は,1991年日本複写権センター設立と文化庁の適切な指導によって国際的にもすっきりしたものになったと考えていたのは,決して筆者一人のことではないであろう。現実には,著作権等管理事業法の制定と施行による集中処理の解消,管理事業者毎の処理方式のバラツキ,出版社などからの強い権利主張,などによって,円滑な学術情報の流通は大きく影響されている。この間の経緯とこれに対する情報科学技術協会の対応について,複写権問題対策委員会の活動を中心として解説する。
キーワード: 著作権処理,文献複写,複製権,CCC,複写権問題対策委員会,学術情報,情報流通
時実 象一*
*ときざね そういち 愛知大学文学部
〒441-8522 愛知県豊橋市町畑町1-1
Tel.0532-48-0111(原稿受領 2006.3.20)
情報科学技術協会の会誌において,ある著者が著作権譲渡を拒む事件が発生した。これをきっかけとして,同会の著作権問題委員会は学術著作権の動向を調査し,同会の会誌における著作権処理についての勧告をまとめることになった。国際的には著作物の自由利用の動きや,著作権譲渡に替わる方式の提案などがある。これらについて解説し,委員会の勧告についても説明する。
キーワード: 学術著作権,著作権譲渡,出版ライセンス,GNU, Creative Commons, Science Commons, Wikipedia,自由利用マーク,オープンアクセス,BioMed Central, PLoS, Nature,機関リポジトリ
樫村 雅章*
*かしむら まさあき 慶應義塾大学HUMIプロジェクト
〒108-8345 東京都港区三田2-15-45
Tel.03-5427-1646(原稿受領 2006.4.17)
書物のファクシミリとは複製本のことをさし,貴重書の各ページから得られたデジタル画像群は,複製本と同じような用途にも用いられることから,デジタルファクシミリと呼ばれている。今回はまず貴重書のファクシミリについて簡単にまとめ,続いて,貴重書のデジタルアーカイブで用いられるデジタル画像の品質や資料性,加工を行うことに対する注意点などについて,デジタルファクシミリと関連付けながら解説する。また,HUMIプロジェクトが制作する貴重書デジタルファクシミリの概要を紹介する。
キーワード: 貴重書,ファクシミリ,デジタルアーカイブ,デジタルファクシミリ,デジタル画像,解像度